91
ぼけーっと見てたら、グイッと引っ張られた。
「ユノさん、行きますよ」
肩からずり落ちそうになる鞄を押さえつつ、ほっそい路地を駆け抜けたり曲がったり、ちょっとした森の中を走ったり。どこをどう通ったのかも、全っ然わかんないまま、気がついたらよく知ってる場所にいて。
「……ここ」
思いっきり上がっちゃった息を整えながら、目の前にある建物をジーッと見る。
最近、毎朝見てるし、絶対間違いない。
「城内からも、外からも、道を知らなければ来られませんからね。逃げ込むには最適の場所ですよ。外からの道も、曲がる場所を一本間違えると、しばらく同じ場所を回り続けることになります。目印は……まあ、じっくり見ればわかるかもしれませんね」
えー……ふ、普通の森よりちょっと密集してる程度だったし、迷っただけで飢え死にとか、ないよね?
そういえば、リアムがエレンさんを引っ張ってたけど、リアムも道知ってるってことかな? それとも、森の中はエレンさん任せかな?
「エレンは先に着いているはずですが……」
そりゃあ、エレンさんたちのが先に逃げたし、もう着いててもおかしくないよね。
あれ? 将軍ってさ、エレンさんとはあんまり仲よくないんだよね? その割に、ここの出入りの仕方に詳しいし。
……何で?
「ああ、いますね」
将軍がボソッと呟いた直後に、後ろからギュッと抱きついてきた。で、エレンさんがこっちに走ってくるんだけど……また、あたしを間に挟んでケンカすんの?
んー……うまく出端くじいたら、ケンカになんないかな?
よぉし!
「ねね、将軍」
エレンさんにも聞こえるくらいの距離で、呼びかけてみる。
「何で将軍って、ここに来る道知ってんの?」
二人とも、そろってきょとんとした後、不思議そうにエレンさんが首を傾げて。
「昔は、誤解した女の子たちに責められるまで、訓練相手としては歓迎していたの。それ以外は、本当の本当に、何の役にも立たない男だったけどね。私が強くなった要因のひとつに、ヴァージルとの実戦訓練があるのよ」
「城内も、森からも、必要に応じて使い分けられるようにと、真っ先に教えられましたね。おかげで私も、厄介な人間から逃げ回る時に役立ちましたけれど」
……それってさ、ある意味、似た者同士じゃん?
ってか、実戦訓練? 将軍とエレンさんで? ちょっとうっかり本気出したら、ケガじゃ済まないんじゃないの?
あー、でも、将軍と実戦訓練したら、強くなれそうだよね! あたしだと、多分、メッチャ手加減してもらってやっと、って気がするけど。
「……ユノさんには、エレンと同じことはしませんからね?」
むむ、読まれた。
一回くらい、うんと手加減してもらってでも、やってみたいじゃん? 実戦だと、いっつも父さんが庇ってくれるし、エミールがいるしで、あたしはあんまり戦えないんだよね。
「あのね、ユノちゃん。ユノちゃんがケガするとマノ隊長が激怒するから、セイガ隊長もなかなか大変なんだよ?」
「母さんが? 父さんじゃなくって?」
ほら、父さんってさ、傭兵のくせにホイホイケガするな! って怒鳴りそうじゃん? 別に、言われたことないけどさぁ。そういえば、木登りして落ちて顔にケガした時は、「女の子が顔にケガをしてくるな!」って怒鳴られたっけ。
でも、あの時、母さんは何にも言わなかったよ? 無様に落っこちた罰ってことで、夕ご飯のおかず、ちょこっと減らされたけどね。
「マノ隊長は、ああ見えて過保護でしょ? 特にユノちゃんに対しては、自由に見せかけて自由にさせてないっていうか」
「そう? むしろ、リノ姉のが過保護っていうか、心配性だよ? あたしとケンカした男の子、しょっちゅう泣かせてたもん。母さんは、どっちかっていうと、シノ姉っぽいよ?」
母さんは何にも言わないもん。
だから、リノ姉がいない時だけ、思いっきりケンカしたっけ。男の子たちも、リノ姉の報復がないから、安心してケンカふっかけてきたし。
で、シノ姉は逆に無関心。兄弟全員、どうでもいいって感じだった。あたしがケガしてきても、ユウガ兄が結婚するって聞いても、「ふーん」でおしまい。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんないろいろ違ってるけどさぁ。それが普通っしょ?
兄弟姉妹、みんな似たり寄ったりの性格だったら、やっぱ気持ち悪いじゃん?
「何となく、どういう環境で育ったらユノちゃんみたいになるのか、わかった気がするよ」
しみじみって感じで、リアムに言われた。
あたしとしては、どうやったらグレースみたいに育つか、ちょっと知りたいよ? 傭兵やってると、基本図太くなるもんね。
シノ姉は仲間と雑魚寝でもへっちゃらだし。リノ姉は化粧しないで出歩くし。
あ、あたしはまだどっちもしてないよ? 一応、メッチャ薄ーくだけど、毎朝ちゃんと化粧してるよ?
「多分、家族の中であたしが一番弱いから、シノ姉以外はみんなかまってくるんだと思うけど……」
「ヴァージルは大変ね」
ボソッと呟いたエレンさんに、将軍は余裕たっぷりって感じの笑顔を向ける。
「マノ隊長の許可さえあれば、怖いものはありませんよ」
「ああ、そうだね。ヴァージル将軍はいいよね、楽で」
ニッコリ笑って、リアムは何でか将軍に絡む。理由がわかってるのか、将軍はちょこっと苦笑してるだけ。
「いざという時は協力しますよ」
「それはありがたいね」
……あー、わかった。
将軍とリアム、裏で手を組んでるよね? それも、完全に利害が一致してるっぽい。
「……ねえ、ユノ嬢。いざという時には、助けを求めていい?」
「……あたしで太刀打ちできるなら、いくらでも協力するけどさぁ……さすがに、無理っぽくない?」
リアム、メッチャ頭いいからさぁ……あたしじゃ、逆立ちしたって勝てないと思うよ?




