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「あ、そうそう、ユノ嬢。そのワンピース、本当によく似合ってるわ。とっても可愛い」
連絡事項をうっかり忘れてた、って感じの言い方で、エレンさんがそんなことを言った。
初対面の時は、さらに「鼻血が出そう」ってついてたから、それに比べたら普通の褒め方だよね。
「今度、その服を着て、私と街へ行きましょ? ふふっ、楽しそうよね」
……あれ? 予定じゃなくって、もう決定事項になってるっぽい? ってか、エレンさん、そんだけ暇あったっけ?
それとも、ちょこっとだけ暇になったのかな?
「ヴァージルばっかり、おいしい思いをするのはズルいわ。たまには、気が狂いそうな状況で身悶えればいいのよ」
「……では、エレンにもたまには、同じ目に遭ってもらいましょうか」
「なっ……」
何か最近、将軍が強くなったのかな? それとも、エレンさんの弱点を握ったのかな? 二人の力関係が、微妙に変わったような気がするんだけど。
どっちにしても、あたしには面倒なことになるよね。そんな気しかしないもん。
完全に固まっちゃったエレンさんから、将軍があたしを引っこ抜いた。ひょいって持ち上げたから、ホント、地面から野菜をグッと引っこ抜く感じ。
「ユノさんに悪いようにはしませんから、今はその愛らしい姿から、いつもの恰好に戻ってきてもらえますか? エレンが触っただけでも腹立たしいというのに、他の連中が視界に入れるというのが、あまりに許しがたいのです」
「う、うん……」
エレンさんみたいな方の将軍だと思ったら、何か、さらに強化されてた。変なこと言わないだけで、初めて会った頃のエレンさんみたいな。
……やっぱ、将軍が強くなったのかな?
怖いから急いで着替えてきて、あたしは騎士様たちの訓練に混ざる。ついでに、エレンさんが、ちょっと八つ当たりみたいな感じで、訓練に混ざってた。
やっぱり、エレンさんって強いんだね。まさか、騎士様数人を同時に相手にして、槍でも剣でもバンバン勝ってくなんて、思ってもみなかったからさぁ。
あ、騎士様たちが弱いってわけじゃないよ? 一人一人、十分強いと思う。んでも、エレンさんには勝てないっていうか……エレンさんが竜みたいに強いから、普通の人間が勝つのは無理なんじゃないかなぁ?
「まだまだ、私の相手にならないのね。まったく、いつになったら騎士団は強くなるの? ヴァージルも、腕が落ちたんじゃないでしょうね?」
「何なら勝負しますか?」
「望むところよ!」
売り言葉に買い言葉みたいな言い合いの後、エレンさんと将軍が、ほとんど同じタイミングであたしのとこにきた。
「ユノ嬢、槍を預かってて」
「すみません、ユノさん。槍を預かってください。ああ、地面に置いてかまいませんから」
……何で二人とも、あたしに槍を預けるの? っていうか、問答無用で足元に置いてくの?
「あたし、二人の勝負見るから、槍は見てないよ? うっかり踏むかもしれないけど、いいの?」
「ユノ嬢が踏んで壊れるような、やわな槍じゃないわ。安心して踏んでかまわないから」
いくら壊れないって言われても、安心できるわけないっしょ! しかも、武器踏むなんて……絶対できるわけないじゃん。
足で踏むより、手で踏んづける方がマシかなって思って、あたしは座って見ることにした。周りに誰もいないから、座っててもしっかりバッチリ見えるしね。
地面に両膝をついて、つま先を立てて、ちょっと前のめりになる。手は膝の横に置いて、準備オッケー。完璧!
将軍とエレンさんは、剣でやるみたい。見たところ、父さんが使ってる剣と同じやつかな? あれだと、片手でも両手でも使えるんだよね。あ、あたしが使ってるのは、もっと短くって、片手で使うやつ。
お互いにかまえた直後に、もう剣戟が響いてて。ちょっと押し合ったらパッと離れて、また剣をぶつけ合って。
今のとこ、互角なのかな? どっちかが優勢ってわけじゃないし。
ほら、普通は、女性のエレンさんは身軽だけど、力と持久力で劣るって思うじゃん? 実際は、全然違うもん。ってか、片手で将軍の顎つかんで、強引に向き変えちゃう人だよ? 力も持久力も、きっちり鍛えてあるはず。
……あれ? エレンさんって、さっきから勝負してばっかだよね? でも、まだ息切れしてないし、むしろ元気いっぱい?
身長差しかエレンさんに不利な点がないって、よく考えたらメッチャすごいよね。
あ、そうだ! 勝負がついたら、エレンさんに聞いてみればいいじゃん? 今まで、どんな訓練してきたのかって。んで、あたしもそれ、やってみればいいんじゃない?
いろいろ考えてる間も、二人の勝負は続いてる。だけど、疲れが出てきたのかな? ちょっとずつ、エレンさんが押され始めてる。
下から振り払いに行ったエレンさんの剣を、将軍ががっちり受け止めて。力任せに下へ叩きつけた。
勝負あり、だね。
あたしは急いで立ち上がって、飛ばされた剣を拾ってるエレンさんのとこに行く。
「エレンさん、ホントに強いんだね!」
いきなり勝負してたら、エレンさんが勝ったかもしれないよね。あー、どうなんだろう? 今度見る機会があったら、最初っから二人で勝負してくれないかな?
「あら、私は負けたのに?」
ちょいって肩をすくめたエレンさんに、あたしはきっぱり断言する。
「だって、エレンさんは、たくさん勝負した後だったでしょ? ねね、エレンさんって、今までどんな訓練してきたの? あたしにもできるかな?」
「……ユノ嬢には、お薦めしないわ」
ちょこっと寂しげに笑って、エレンさんは剣をしまって槍を拾って、中庭を出ていっちゃった。
「エレンのやり方は、かなり無茶をしますからね。かえって体を壊しかねないので、ユノさんは真似をしない方がいいでしょう」
「……そっか。じゃあ、やめとくね」
傭兵も体が資本だもん。戦えなくなったら、強くなっても意味ないし。




