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散々まいた塩は、ちゃんと掃除したよ。廊下とか、ジャリジャリだったし。
カノ姉が言うには、あの壺に入れてある塩、実は一回はまいたやつなんだって。どうせ何回もまくことになるし、もったいないから回収して再利用してるんだって。
さっすが、振った男に何回も追っかけ回されただけはあるよね……あたしは、そういうのゴメンだけど。
んでも、ますますスッとするよね! だって、新品の塩じゃなくって、一度は床とか地面に落ちたやつだよ? 埃とか砂とか、ついてるかもしんないじゃん? ってか、カノ姉の私物らしいし、絶対いろいろついてるよね!
それが口とか鼻に入るって思ったら、ホント、スカッとするよ!
「……それにしても、本当に塩をまくのね」
一緒にお湯につかりながら、しみじみ、って感じでリディに言われた。
そうそう、傭兵隊も騎士団も、お風呂は共通なんだって。傭兵用の宿舎側の、お城の外に作ってあるんだよ。
あ、もちろん、男と女と別々だからね? だから、女性用のお風呂って、傭兵隊しか使わないみたい。その代わり、うんと狭くって、十人も入ったらいっぱいいっぱいになっちゃうけど。
「そういえば、一緒にまいてたの、みんなセイライ国の人だったね」
最終的には、セイライ国の傭兵みんな集まって、あのおっさんに塩ぶつけてやったんだよね。しかも、最低でもひとつかみずつ。
ちなみに、階段の反対側にも、ちゃんと塩壺用意してあったよ。しかもふたつも。やっぱり誰かの私物なんだって。
で、カノ姉に、塩壺どこで買ったかもちゃんと聞いたし、明日買いに行くんだ。次はあたしの塩壺で攻撃するつもりだもん。
「ねね、リディ、グレース。明日の朝、一緒に買い物行こうよー。街で塩壺買って、それに塩詰め込んでおきたいんだけど」
それも、詰め込むのは、床にゴシゴシこすりつけたやつだよね!
「いいわね。あたしもちょうど、服が買いたかったのよ」
む……珍しいね、リディが服買うなんて。
「あ、あの……私も、服が欲しいと思っているのですが……」
グレースまで? あ、グレースはわかる。多分、イハル兄がデートでもしようとか誘ったんだろうし。
イハル兄ってさ、興味ないですー、って顔しといて、いろんなこと好きだよね。すっごい昔の話だけど、お兄ちゃんたちと「膝枕は男のロマンだ」とか言ってたの、知ってんだから! あと、恥ずかしそうにほっぺたにキスしてもらったら最高、とかさ。
まあ、そんなこと言ってたユウガ兄だけど、チオリ姉は強いよね。正直、へたすると、ユウガ兄よりいろいろ強いよね。
「ユノもたまには、服買ったら? あんたの私服、本気で子供の服でしょ?」
「えー? あれでいいじゃん。無理に年相応の恰好すると、逆に浮くんだけど」
「あーもう! じゃあ、明日、あたしが見繕ってあげるから任せなさい!」
え……リディが?
何かこう、すっごいの、選んだりしないよね? 大丈夫だよね……?
お風呂入ってさっぱりして、部屋に戻る途中で、やっぱりお貴族様に遭遇した。
こんな遅い時間まで、お貴族様って出歩いてるんだ……何か、夜はさっさと家に帰っちゃう気がしてたんだけど、違ってたんだ……。
げんなりしながら、あたしが決まり文句を言おうとしたらさぁ。
「いやーっ! 誰か助けてーっ!」
耳がキーンってするくらい、すっごい大声で、リディが叫んだ。思わず耳ふさいじゃったけど、間に合わなくって、耳は痛いし頭はガンガンするんだけど。
よく見たらグレースがガタガタで何にもできないみたいで、それもあったのかな? んでも、その声量で叫ぶのは、やっぱ予告しといて欲しいよね。
だけどさぁ、すごいよね。真っ先に、傭兵隊の宿舎から人が飛び出してきたよ。
「リディ、大丈夫!?」
「二人とも無事?」
妙に親しそうな感じだけど、多分あの子たち、イハル兄のとこの剣士と射手だと思う。イハル兄の天幕で、何回か顔見た覚えがあるから。名前は覚えてないけど。
……あれ? 二人とも? 誰が勘定に入ってないんだろ……まあ、あたしかな。
「あんたたち、邪魔」
ちょっ、リディ……さすがにそれはないっしょ。せっかく来てくれたのに。
「隊長が来たら、グレース避難させるように言って。そしたら戻っていいから」
あー、そうだね。グレースはイハル兄がいないと、震えて立ってられないみたいだし。
あたしとしても、決まり文句とはいえ、あれをグレースに聞かせるのはどうかと思うもん。
だからって、同じ隊の仲間に対して、ちょっと冷たすぎる気もするけどね。
まあ、とりあえず、グレースの無事が確保できたら、あたしも思いっきり言えるし。
今言うと、グレースが危険なことになりそうじゃん? 自分で動けない、メッチャか弱そうな子って、恰好の餌食だもん。
「ユノちゃん!」
この声、リアムだ。んでも、何か、別の声が重なってた気がするんだけど……。
「無事!?」
気のせいじゃなかった!
いきなりお貴族様の向こう側からおしゃべり騎士様が来て、ドン、ってあたしにぶつかってきた。そのままギュッてされたんだけど。
「な、何!? 何でいきなり抱きついてくんの!?」
……条件反射っていうのかな? おしゃべり騎士様、ゴメンね。思いっきり、全力で突き飛ばしちゃったよ。
正直、お風呂上がりに抱きつかれると、本気で暑苦しいし。よけい汗かいてベタベタするからヤダ。
「だって、今この城で、助けてー、って誰かを呼ぶなんて、ユノちゃんくらいでしょ?」
「……ねえ、ユノ。それ、誰なの?」
「ん? 全然、これっぽっちも似てないけど、将軍の弟だって」
「……へぇ。本当に全然、これっぽっちも似てないわね」
最初は不審者を見る目だったリディが、今度は汚いものを見るみたいに、おしゃべり騎士様をジッと見つめてる。
「ちょうどいいわ。このおっさん、そっちで引き取ってくれる? 邪魔なのよ」
お貴族様、リディの声で目を回してたみたい。ボケッとしてるおしゃべり騎士様に、リディがお貴族様をグイグイ押しつけて、ヒラヒラ手を振って。
「あと、宿舎まで押しかけてこないで、って念押ししておいて。次来たら、陛下に直談判するわ。貴族全員、同罪にしてあげるから」
グレースはガタガタにされちゃったし、せっかく気持ちよくお風呂入ってすっきりしたとこだったから、リディがメッチャ怒ってる……。
まあ、あたしも怒ってるけどね!
「その時は、あたしが王女様に訴えるよ。ホントしつこいし、あたしの時間とか気持ちとか、全部無視してるし。その辺、おしゃべり騎士様も、やっぱお貴族様だよね」
はぁ、ってため息ついて、おしゃべり騎士様はがっくり落ち込んだっぽい。そんな動きをして、お貴族様を回収してってくれた。
こうなったら、明日、買い物の後でエレンさんに頼んで、王女様に会わせてもらおうっと。んで、あたしのとこに押しかけないようにって、お貴族様たちを叱ってもらうんだから!




