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今日は、作戦決行の日。っていっても、今日は移動ばっかで、実際に突入するのは明日。作戦自体は、この間、寝ぼけた父さんを連れていった軍議で決まったんだって。
最近、士気が落ちてるし、どかんと一発。みたいなことを考えたらしいよ。
それが、この国じゃ一番おっきな、インティーヴァスの捕虜収容所。そこを襲って、捕虜を解放するって計画。
成功したら、こっちの味方が増えるし、士気も上がる。失敗したら……解放軍は、終わりかもね。
あたし、王女様の考え方が好きなんだ。
──力は、守るためのもの。人を傷つけ、支配するものではない。
そこに賛同してるから、お金がもらえなくっても、最後まで一緒にいるつもりだけど。
父さんは、一番に出発。だからあたしも、先頭を進む。といっても、両脇に騎士様たちがちょこっといるけどね。
収容所の建物の中は狭いから、騎士様は馬から下りるのかな? それとも、中には入らないのかな? よくわかんないけど、十人くらいはついてきてる。
でも、将軍までこっちでいいのかな? エレンさんとアルヴィン様がいるけどさ、王女様の護衛、大丈夫なわけ?
あー、よく見たら、将軍だけ馬が白いみたい。だからエレンさん、たてがみが白い馬ってだけで、あたしを助けてくれたのが将軍ってわかったんだ。なーんか、納得。
「なあなあ、ユノ」
「なぁに?」
今日のベネットは、歩いてる。建物がメインだし、竜の意味がないから、陣営に置いてきたって。
竜の世話は、エレンさんが一手に引き受けてるらしいよ。一匹も十七匹も一緒だ、って。一緒じゃないと、あたしは思うんだけどね。
「グレースに会ったってマジ?」
「会ったよ。ベネットの言うグレースが、金髪の魔道士で、エレンさん曰く、はかなげで可憐な美少女だったらね」
……ふーん。ベネットの本命って、グレースなんだ? ってか、男怖がってる子らしいけど、どうやって知り合ったわけ?
「うおっ、マジか! どこの隊にいるって?」
「イハル兄んとこ。でも、近づくと、エレンさんにぶっ飛ばされるよ? エレンさん、王女様に止められてて、まだまともに会ってないんだって」
「げ……マジで?」
「うん。昨日、愚痴られたからね」
そもそも、怖がられてたら話になんないし。エレンさんも障害物状態だし。ベネットがグレースと話せるの、いつになるんだろ?
「エレンちゃんって、ベネットに竜騎士の心得を説いた、綺麗な子でしょ?」
「そそ。この間も言ってたよ。ベネットは聞かずに逃げたけどね」
今話しかけてきたのは、リアム。近所の気さくなお兄さんって感じで、割といい人。誰彼かまわず口説いたり、しないしね。年下か未婚の女の子には、基本的に「ちゃん」づけするんだって。そこだけ、変。
で、ベネットと一緒に解放軍に参加して、まとめて父さんの隊に配属された人。竜や馬に乗らないで槍を扱う、槍使いだよ。あたしが見るに、結構強い。
長い柄で、穂先の根元に突起のついた槍に、接近された時用らしい剣。両方、いっつもちゃんと持って歩いてる。
時々剣を忘れてるベネットに比べたら、リアムは超がつくくらいまとも。
「潔くていい子だよね、エレンちゃんって」
そうくるかー。潔いとは思うけど、そこにいい子ってつくの、多分リアムくらい。ホント、リアムの判断基準はよくわかんない。
「じゃあさぁ、グレースってどんな子? あたし、一回ちょっと話しただけだから、よく知らないんだよね」
「グレースちゃん? 芯の強い子だね。戦場では恐れ知らずだけど、普段は男が怖いみたいで、私でも近寄ると逃げられてたよ。あの子が怖がらずにそばにいたのは、ゲルト隊長くらいかな?」
「へぇ……ゲルトさん、怖がられないんだ?」
ずっと昔は、マーハルニーファ宮廷騎士団の歩兵部隊の隊長だったのが、ゲルトさん。十年くらい前から、未熟すぎてまともに傭兵稼業ができない人を、一人前にすることを楽しみに生きてる人。リアムやベネットも、解放軍に来る前は、ゲルトさんのところにいたんだって。
あのイハル兄も、街を出てから二年前まで、ゲルトさんのとこにいたらしいし。
いっぺん会ってみたいけど、まだ会ったことないんだよね。
んでも、ゲルトさんのとこで会ったなら納得。
「ベネットはね、ゲルト隊長だけ平気だなんてずるいって、もううるさくてうるさくて。グレースちゃん、本当に男がダメみたいだから……イハル隊長のところで、ちゃんとやれてるのかは、少しだけ心配になるかな?」
「おい、リアム!」
「あー、イハル兄は怖くないみたいだし、リディもいるから、何とかなってるっぽいよ。エレンさんがそう言ってた」
でも、あたしも遊び相手っていうか、話す相手に欲しいみたいなんだよね。まあ、解放軍ってやっぱ軍隊だし、女の子は少ないから。
「……イハル隊長も、平気なの? ふぅん……グレースちゃんがオッケーな男って、何となく共通点があるんだね」
「共通点って、アレ? 女には興味ないってあたり? イハル兄が、そういう人なんだけど。聞いてる分だと、ゲルトさんもそんな感じだよね?」
「はぁ……やっぱりイハル隊長もそういう人なの?」
「昔っからね。あたしとどっちが先に恋人連れてくるかって、母さんが楽しみにしてるみたい」
ホント、どっちが先だろうね。
あたしはメッチャ縁遠いけどさ。イハル兄なら、引く手あまたじゃん? でも、二十年恋人なしだっけ。
「……リノちゃんたちに囲まれてて、イハル隊長はそれなの?」
「うん。何か、気の強い女は好かん! とか言ってたよ」
傭兵稼業してると、いろいろもまれるから、嫌でも気が強くなるんだよね。同じ傭兵として、イハル兄の好みって、どうなんだろ?
「ん? ってことは、イハル兄って、グレースみたいな子だったらよさげ? あたしとかお姉ちゃんたちとは真逆っぽい子だったし」
大人しくって、おしとやかで、気が弱そうな。……って、そういう子が、イハル兄とどうこうって、全っ然想像つかないけどね。
何て言うか、イハル兄って、女心わかってなさそうだし。
グレース泣かせたら、絶対、エレンさんがメッチャ怖いよね……。
「イハルもかよ!」
「別にいいじゃん? 誰が誰を好きでも」
今んとこ、イハル兄はグレースのこと、何とも思ってないんじゃないかな? せいぜい、手がかかる、とか思うくらいで。
あー、でも、案外世話焼くの好きなんだよね、イハル兄って。
「よくねーよ!」
「だったら、さっさとグレースに告白してこれば? がつんと当たって、思いっきり砕けておいでよ」
「あはは……ユノちゃん、結構ひどいこと、サラッと言うよね」
だって、ベネットがうるさいんだもん。しょーがないじゃん?