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追いかけようとしたのに、あたしの体は動かなかった。がっちり、後ろからつかまえられてるっぽい。
胸当ての上に、将軍の腕がある。
……片手? 片手でつかまえられるの? やっぱあたし、全体的に力足りないよね?
「邪魔をしてはいけませんよ」
「そんなことしないよ! 今、リディとグレースしか部屋にいないから」
「かえって好都合でしょう? グレースさんが震えて話にならなければ、リディさんが出ていくしかありませんから」
「あ……」
そっか。グレースがダメなら、リディが出るしかないじゃん。でも、そこにあたしがいたら、あたしに伝言すればオッケーになっちゃうかも。それに、もし震えなくても、グレースに話させるのって、ちょっとためらうし。
むー……やっぱ頭のいい人って、ちゃんといろいろ考えてるんだね。
「何より、今日はもう会えないと思っていたあなたと、もう一度会えたのですから、この好機を逃す理由はありませんよね?」
……うっわ、エレンさんっぽい方が出た……っていうか、最近はほとんどこっちの将軍だよね。
正直言って、こう、わざとらしく耳元で言ってくるのが、一番苦手。
髪の毛が揺れてほっぺたに触ったり、耳に息がかかったりして、ちょっとくすぐったいし。
それにさぁ。
「普通に話すんだったらいいんだけど、最近のエレンさんみたいな将軍は、かなり苦手だもん」
「慣れませんか?」
「うん、慣れない。っていうか、別人みたい」
エレンさんは最初っから、ああいう人だったから。初対面でプロポーズしてきて、鼻血だ何だって、平気で言う人じゃん?
でもさ、将軍は違ってたよね。
あんましゃべんないし、だからいきなりしゃべるとびっくりしたし。いっつも面白くないって顔してるけど、んでも仕事熱心って感じ。鎧着てないと、ホントに騎士様っぽくないけど、ちゃんと強いし。
よく話すようになって、ちょこっと笑ったりするようになって、思ったより話しやすい人だなってわかったけど。
「最初は近寄りにくいな、って思ってたけど……今は、最初の頃よりもっと近づきたくない」
ほんのちょっと、ひどいこと言った罪悪感みたいなのがあるけど……んでも、こんだけきっぱり言ったら、さすがにわかってくれるよね?
「そうですか……でも、私は、少しでもあなたに近づきたいと思っているのですが」
「……今、メッチャ近いじゃん」
「いえ、ずいぶん遠いでしょう?」
人のこと、がっつりつかまえたまんまなのに、どこが遠いわけ?
「触れたところから熱が伝わらないのですから、遠いんですよ」
えー? 触って、あったかくなかったらダメってこと? でもさぁ、鎧着てたら、触ってもあったかいわけないっしょ。
それで遠いとか言われてもさぁ。
「……わけわかんない」
んでも、あたしが将軍の顔に触ったらあったかいよね? 逆は多分、あったかくないけど。あー、でも、この向きだと触れないよね。
えーっと、今、左側から声がしてるから……。
あたしは左手を、できるだけ外から回して、障害物を探してみる。そーっとそーっと近づけて、空中をなでて。
あ、あった! 触った感じは、多分ほっぺた。
「これならあったかいっしょ?」
満足したら、多分離してくれるよね? とか考えてたら、左手に何か触った。手のひらと手の甲と、両方からギュッと押される。
手の甲はゴワゴワしててちょっとひんやりしてるけど、手のひらはじわーってあったかい。
「……確かに、温かいですね」
「ね? あったかいっしょ? だから、そろそろ離してくれない?」
「嫌です」
ちょっ、即答?
「……何で嫌なの?」
「非常に幸せな気分ですので、手放したくありません」
あー、冬の朝のお布団みたいな? あったかくて出たくない、みたいな気分ってこと? そりゃあ、冬にあったかいのって、すっごい幸せだけどさぁ。
今はまだ冬じゃないし、そんな寒くないっしょ。
「ひょっとして、将軍って寒がり?」
「そう言ったら、寒い日には、あなたが温めてくれますか?」
「鎧着て、いっぱい走り込めばあったまるっしょ?」
セイライ国だと、寒い日は、みんなで雪玉ぶつけ合いしたり、雪の山を作って中身を出して、その中に入って遊んだりしたよ?
マーハルニーファだと、そこまで雪は降らないんだっけ?
雪山の中って、風がほとんど当たらなくってあったかいんだよね。あと、雪玉はギュッと握る! フワフワに握っちゃうと、ぶつかる前にボロッて壊れるから。んでも、中に何か仕込むのはなし。そういうルール。
多分、今遊んでも、楽しいだろうなぁ。
「遊んでると、体があったまってポカポカになるんだよ。だから、鎧着て動いたら、ちゃんとあったかくなるはず」
「そういう意味では……すみません、わかりにくかったですか? 寒い時にはこうして、ぬくもりを分けて欲しいと言っているんです」
「んー……訓練とかしてもあったまらなかった時はいいよ。んでも、何にもしないで寒い寒いって言うなら、ダメ」
「わかりました」
あたしをつかまえてる将軍の手とか腕とかに、グッて力が入った。
えっと、だからさぁ、いい加減離して欲しいんだけど?




