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 急に、将軍が立ち上がった。

「……私は、それほど人のいい人間ではありませんよ」

 ちょうど、お日様を背中にしょってるから、眩しくて将軍の表情はよくわからない。声も、妙に淡々とした感じで、ちょっと怖い。

 何となく、逃げなきゃいけないって気がした。

 ちょこっとだけ、右足をズズッと下げてみる。今度は同じだけ、左足を。

「あ、あたしは、いい人だと思うけど?」

 んー? 何か、将軍とはちょっと言い方が違う? そうすると、意味も違ってくるの?

「本当に人のいい人間というのは、いくつか画策もしなければ、わざわざ時期を待つこともしないと思いませんか?」

「えっと……将軍の言いたいこと、よくわかんないんだけど……」

 っていうか、何か企んだり、タイミング見計らったりしてたってこと? 別にそれって、ちょっと頭のいい人なら誰でもやるんじゃないの?

 何にも考えてないって、あたしとかベネットみたいな人間だし。それはそれで、さすがに問題あるっしょ。

「それ言ったら、リディとか、エレンさんとか、リアムとか、しょっちゅう何か企んでそうだよ?」

 グレースはいい子だから、そういうことはしない。っていうか、人を陥れるって発想がそもそもないっぽい。イハル(にぃ)は、やればできると思うけど、面倒くさいのひと言でやらない人だしね。

 スッと腰を落として、将軍があたしの顔を覗き込んだ。今度はちゃんと顔が見える。

 にこやかで爽やかな、いつもの笑顔……のはず、なんだけど。何か違う。

「……エレンには、散々邪魔をされて罠を仕掛けられてきましたからね。逆にこちらから、ひとつ仕掛けてみました。しばらくは気を取られていてくれるでしょうね」

 う……やっぱ、将軍の素って、エレンさんっぽい方だったりするわけ?

 何か、こう、顔は真面目そうで爽やかなのに、言ってることが腹黒いっていうか……言葉以外はあくどいとこがないから、よけい混乱するっていうか……。

「あなたは覚えていないでしょうが、騎士団の生き残りが解放軍に合流する前日、近くの街であなたとぶつかったんですよ」

「へ? ……あー、そういえば、解放軍になる前は、しょっちゅう母さんと買い出しに出てたけど……」

 将軍、いたっけ? 鎧着てないと、騎士(エクエス)様だなんて絶対わかんないし。あたしが誰かにぶつかるなんて、割といつものことだし。

 正直、全っ然覚えてない。

「その時、マノ隊長があなたの名前を呼んで、こんなところにセイライ国の王族がいるとは珍しい、と思ったことと……「ゴメンね」と謝った、本当に申し訳なさそうな顔のあなたを、はっきりと覚えています」

 ほとんど同じ目線で、あたしが見慣れた笑顔で、声も言葉もあったかい。それなのに何で、息が苦しくて、泣きたい気持ちになるんだろ?

「翌日、陛下の元へ向かい、解放軍結成となった後……陣営であなたを見かけて驚きました。その……ずいぶん幼く見えましたから、まさか傭兵として参加しているとは思わなかったもので」

 ……そりゃあ、私服だともっと子供に見えるし。ってか、傭兵の恰好してても、年齢はかなり疑われるけどさぁ……。

 セイライ国には、戦場に出るのは十歳になってからって決まりがちゃんとあるんだから。別にあたしが傭兵やってんの、おかしくないっしょ?

 気がつかないでムッとしてたのか、将軍がクスクス笑った。

「最初はセイライ国の幼い王族がいる、と気にかけていたのですが、あなたの裏のなさに、いつの間にか、目が勝手に追うようになっていました」

 その辺にあるものを取るって素振りで、将軍の手がひょいって伸びてきて、あたしの後頭部に軽ーく衝撃がきた。何となく、何となーく、触られてる感触からして、鷲づかみされてるっぽい気もする。

 頭を動かそうと思っても、ちっとも動かない。後ろも前も、右も左も、無理。

 え? ひょっとして、あたしの頭、将軍だと、片手でがっちりつかまえられちゃうってこと?

 ……と、とりあえず、つかまれてることは気にしない。さっきまでより距離が近くなったことも、今は気にしない!

「話しかけるきっかけが得られれば、と、なるべく近くにいるようにはしたのですが……あなたの周囲には人が多くて、その点だけは本当に困りました。それから、言質を取られないよう話す癖がついていたので、言葉を探している間に、あなたがすでに他の話をしていることもしょっちゅうでしたね」

「あー、将軍、お貴族様だもんね。いろいろ面倒くさいのはしょうがないと思うけど?」

 あたしみたいに、ちゃんとしたお貴族様が身近にいても、何にも知らなきゃこうやって好き勝手育つわけだし。それに、考えなしに思いついたまんま、ポンポンしゃべってんのもどうかと思うよね、お貴族様からしたら。

 ちゃんとしたお貴族様には、あたしは変な生き物に見えるよね。そりゃあ、気になるよ、うん。

 あたしだって、傭兵なのにほとんど戦えない、なんて人がいたら、気になって何度も見ると思うし。

「エレンに聞いてみても、面識はないと言われ続けましたからね。最初の罠に嵌められた時に嘘とわかり、その際には久々に派手なやり取りをしましたよ」

 ……エレンさんと、派手なやり取り……? しかも、久々?

 何? 何やったの? ってか、そんなことがあったの、気がつかなかったんだけど……。

「陣営では迷惑になるので、移動しましたからね」

 ……ホント、何やったわけ?

 あーもう。首傾げたり、頷いたりしたいのに、動けないのってすっごいストレス!

「ああ、最後まで聞いていただけたら、手は離します。単なる逃走防止ですので」

「じゃあ、ちゃちゃっと終わらせちゃおうよ」

 気にしないって思ってたけど、やっぱ、がっちり頭つかまれてんの気になるし。

 ってか、逃走防止って……何なの、そのエレンさんみたいな言い方。あ……ってことは、あたしが地道に逃げようとしてたこと、気づいてたわけ?

「どうやら、あなたは単刀直入に言わなければわからないようですので、そうさせてもらいます。私は一人の男として、あなたが好きで、独り占めしたいと思っています」

 後半は、耳元で囁かれた。

 聞いた瞬間、あたしの頭はやっと解放されて。同時に、膝からフッと力が抜けて、地面にへたり込んだ。

 言われたことが、正直、あたしには理解できない。

 ……将軍が、何って?

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