5
「ユノ、何をやってるんだ?」
一気に、現実に引き戻された。
「セイガさんは見つかったのか? じきに軍議が始まる時間だ。定刻どおりでないと、アルヴィン様の嫌味が鬱陶しいんだぞ」
仮にも、王女様の護衛をしてる人に、鬱陶しいなんて……堂々とそんなこと言えるの、イハル兄くらいだって。
あっ!
「そうだ、イハル兄! イハル兄でいいじゃん! ねね、この子、参加志願者の魔道士なんだって。あたしじゃわかんないし、イハル兄に任せちゃっていい?」
「……俺が、力量を判断すればいいのか?」
「うんうん。で、所属とかはイハル兄にお任せするよ。イハル兄んとこも、魔道士欲しがってたでしょ?」
イハル兄のとこは、斧使いのおじさんと、射手のお兄さんと、剣士のお兄さん。それと、色気たっぷりの美少女で、鍵開けとかできる、貴重な盗賊のリディがいる。
あたし、何回もリディの色香に惑わされて、すっ転ばされてるんだよね。あれ、ホント、抵抗できないし。頭クラクラしちゃって、足がもつれて、気がついたらこけてるの。しかも、好きな時に垂れ流せるっていうんだから、最っ高に凶悪な凶器だよ。
「じゃあ、あたしは父さん探してくるからー」
ヒラヒラと手を振って、あたしは父さんがいそうな場所を探す。
木陰で、適度に光と風が当たって、背もたれがあるとこ。地面に寝っ転がることは、まずやらない。
木にもたれて、気持ちよくって寝ちゃいました。ってパターンなんだよね、父さんって。
ちょうどよさそうな木を見つけては、父さんがいないか探す。
三か所目で、父さんがいびきをかいてるのを見つけた。
「父さん、軍議だって。起きて!」
「うーん……マノ、あと五分……」
「違っ、あたし母さんじゃないし! ってか、いっつも朝それ言って、母さんに怒られてんじゃん!」
他に人がいなくてよかった。
傭兵部隊の総大将が、実はこんなだらしないおっさんだって、知られなくて。ホントよかった。
「ほら、父さん。起きないと『セイ』がいくよ!」
ホントは剣でやるんだけど、頑張れば素手でもできる。革鎧もあるし、元々、一発一発は弱いし。素手なら、うっかり死なせちゃう心配なんて、これっぽっちもない。
朝はたいてい鎧がないのに、母さんも素手でやってるし。
「夜空に瞬く、星のごとくぅ!」
できるだけ、革鎧のあるところを狙って。あたしは十回くらい、遠慮も容赦もなく、拳を叩き込んだ。
「うっ……」
「ほら、父さん、起きて! 軍議が始まるって、イハル兄が文句言ってたよ」
「……ああ、ユノか。わかったわかった」
とか言いながら、まーだ寝ぼけてる。
「しゃんとしないと、もう一発『セイ』をお見舞いするよ!」
「ああ、起きる。起きるから」
ダメだ、これ。まだ半分寝てるよ。
とりあえず、軍議優先。しょうがないから、引っ張ってくかなぁ。
「ほら、父さん! 軍議に行くよーっ!」
グッと気合いを入れて、父さんを引っ張る。酔っ払いみたいにヨタヨタしてるけど、一応立ってくれた。
助かったぁ……立ってるか座ってるかで、全っ然こっちの労力が違うもん。
グイグイ引っ張ると、ちゃんとついてくる。ホント、世話が焼けるんだから!
軍議はいつも、王女様の天幕か、専用の天幕でやってるはず。今日はどっちかなぁ……とりあえず、まずは王女様のとこ行ってみよっかな。
あたしは父さんを引っ張りながら、なるべく急ぎ足で、王女様の天幕へ向かう。他の天幕より、あからさまに豪華で立派な、大きい天幕。だから、すぐにわかる。味方にもわかりやすいけど、敵にもわかりやすい。
そういう理由で、王女様の天幕は、陣営のど真ん中。
「……セイガ隊長?」
げ……父さんってば、まだしゃっきりしてないのに。
しょうがないから、あたしは恐る恐る後ろを振り向いた。
白銀の鎧は騎士様の証。うわぁ、騎士様だ。よりによって、騎士様だ。
見上げた顔は、あたしを魔法から助けてくれた人。確か、ヴァージル将軍だっけ?
戦場じゃないから、真面目で優しそうな上に、すっごいカッコイイと思う。うん、顔はね。
何か、あたしから微妙に目ぇ逸らしてんのが、ちょっと気になるけど。
「……あの、セイガ隊長は、具合でも悪いのですか?」
「あ、えーっと、そうじゃなくって。父さん、今まで寝てたから、まだしゃきっと起きてないだけ。もうちょっとしたら、ちゃんと起きると思うけど」
「ああ、そうでしたか。それはよかった」
カッコイイ人がそういうこと言って、爽やかにニッコリ笑うの、反則じゃない?
あ、そうだ。
「あのさ、ヴァージル将軍もこれから軍議だよね? 面倒じゃなかったら、父さんを連れてってくんない? 手ぇ引っ張ってけば、ちゃんと歩くから」
うっわ、戸惑ってる。絶対、困ってる。
まあ、でも、そうだよね。こんなカッコイイ人が、半分寝ぼけたおっさん連れて歩くなんてさ。見た目にもアレな感じだし、何かの罰じゃあるまいし。
あーあ。イハル兄なら、遠慮容赦なく頼めるんだけど。
「えっと、ゴメン。いいよ、あたしが連れてく。その代わり、軍議の場所まで道案内、お願いしていい?」
「……え、あ、はい」
見た目と同じくらい、真面目な人っぽいなぁ。
「こちらです」
早速、案内してくれる。父さんを引っ張るあたしが、急がなくっても余裕でついていける速さ。
エレンさんもそうだけど、騎士様って、やっぱ紳士的だよね。
将軍は時々振り向きながら、あたしが遅れてないか確かめてるみたい。
「今日はここで行います」
着いた先は、陣営の端っこ。軍議専用の天幕だった。
あーよかった、王女様の天幕行かないで。
「父さんがまた寝ないように、しっかり見張っててね。母さんがいたら、母さんに頼めば楽だよ」
寝そうになったら、容赦なく素手で『セイ』を叩き込むから。
「じゃあね!」
これで、父さん探しは終了! あたしはやっと、自分の天幕に戻れるよ。
あー、そういえば、さっき会った綺麗な子。結局どうなったのかな? また後で、イハル兄に聞いてみよっと。