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「そういえば、ユノ嬢。少々お聞きしたいことがあるのですが」
「んー? なぁに?」
エレンさんが聞きたいなんて、珍しいなぁ。あたし、たいした知識なんてないからさ。
「気になる殿方はいらっしゃいますか?」
あたしは思いっきり、遠慮なく噴き出した。
お茶飲んでたら、絶対むせてる! 死にかけてる!
「いらっしゃらないようで、何よりです」
「そりゃあ、いないけどさぁ……あ、でも、さっき、ちょっとカッコイイ騎士様に助けてもらったっけ。ああいうの、乙女の憧れだよね!」
「……騎士? 馬の色は、覚えていますか?」
顔は見えないけど、エレンさん、めっちゃ怖い。何て言うか、ただよってくる空気が、芯まで凍りそうなくらい冷たい。
今はまだ、この辺でも冬と春の境目だけど。そういう寒さじゃない。
「えっと、たてがみが白かったけど、他は覚えてないや」
見てる余裕もなかったし。
「……ああ、将軍ですか」
「将軍!? あの人、そんなに偉いの!?」
まだ、二十代前半くらいだったのに。騎士団の団長じゃなくって、この解放軍を統括してる将軍だなんて!
あ、あたしの父さんは、傭兵部隊の総大将。で、将軍っていうと、そのさらに上。騎士団も傭兵も含めた、全部を指揮下に置いてる人。
「ヴァージル将軍は、私からすると昔なじみですね。彼の父君が団長で、よく手合わせをしていただきました。父君は三年前に、亡くなりましたけれど。まあ、将軍が生き残りの騎士団を率いることになったのは、ごくごく自然な流れですね」
そう、なんだ。あの人、お父さんが死んでて、でも、騎士団を率いてるんだ。
ここマーハルニーファ王国は、三年前、隣国ガイルファラ帝国に攻め込まれた。騎士団の大半と、王女様以外の王族は全滅。かろうじて生き残った騎士団が、頑張って逃げ延びた王女様を探し出して、解放軍を結成したのがつい最近。
あたしは、解放軍が結成される前から、王女様と一緒にいた。
だって、女性の竜騎士って珍しいんだよ。父さんも、一人しか知らないって言ってた。
その女性竜騎士が、空を飛んでたら。しかも、女性竜騎士は、庶子の王女の乳兄弟だって、知ってたら。追いかけて、確かめるしかないっしょ。
で、あたしたちが先に王女様を見つけて、父さんが確かめて。その後で、騎士団も合流して、ついに解放軍が結成されたってわけ。
マーハルニーファ最後の王女のもとに、騎士団の生き残りと、王家に恩義のある傭兵たちが集まった。そういう触れ込み。
「それにしても、腹立たしいですね」
「へ?」
「私が先に見つけた、最高に愛らしいユノ嬢が、将軍ごときに乙女の夢を叶えられて心ときめかせるだなんて……非常に許しがたい、ゆゆしき事態です」
「そんな大げさなことじゃ、ないと思うけど……」
実際、騎士様だってことを差し引いても、あの人は十分カッコイイと思うし。
「ああ、私が男だったら、遠慮なく、あなたをかっさらって妻にするのに」
うわぁ、ほっぺたが熱くなった。
相手はエレンさんだって、頭ではわかってるけど。わかってるんだけど……こう、耳元でこっそり囁かれると、ちょっとドキドキするっていうか。
……卑怯者、って感じ。
「でも、現実は残酷なもので、私は可愛らしい方々を集めて、ほんのひと時独り占めして、存分に堪能するしかできないだなんて……」
何て言うか、エレンさんって、これさえなかったら、普通にモテモテだと思うんだけど。
あー、そういえば、イハル兄もモテるはモテるけど、興味がなさすぎだっけ。名前も顔も覚えないなんてかなりの重症だって、ユウガ兄とかリノ姉が言ってた。
リノ姉は、あたしの一番上のお姉ちゃん。他に、シノ姉とカノ姉がいて、あたしは末っ子。ユウガ兄、リノ姉、シノ姉、トウガ兄、カノ姉ってきて、一番下。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、あたしには甘いんだよね。あたしだけ、今まで彼氏がいたことないんだけど、みんなそれでいいって言うの。自分たちは、誰が一番最初に恋人作ったかって競争してたくせに!
「まあ、あたしでよかったら、いつでもギュッてしにきていいよ。戦場に出なきゃ、割と暇だしね」
まだ子供だから、軍議なんて参加させてもらえないし。こんな場所じゃ、遊び相手もいないしさ。
「そうですか。では、またうかがいますね」
にっこにこのエレンさんが、もう一回。嫌がらせみたいに、あたしの耳元で囁いた。