2
敵はきっちり全滅させたけど、あたしたちにも被害はいっぱい出た。でも、僧侶たちが頑張って、ケガ人は治してる。
だけど、死んじゃった人は無理。
手の空いてる人が、埋めるための穴を掘る。あたしはたいして役に立たないから、みんなが食べるご飯を作るお手伝い。
初めて戦場に出た後も、初めて人を切った時も。あたしは「もう戦場に出たくない!」なーんてわがままを言った。
この手で人を殺した感触は、今でもはっきり覚えてる。
だけど、ここより北にあるセイライ国は、資源なんて何にもない国。土地もやせてて、ホントに強い植物しか育ってくれなくて。しょうがないから、強い人が傭兵とか、偉い人の護衛をしてお金をもらう。それでいろいろ買って、どうにかみんなを生かしてる。
あたしも、今は、傭兵として、それなりにちゃんとやれてるはず。
もう二度と、ぜーったい、途中で投げ出したりしない!
「おーい、ユノ」
「あれ? ベネットじゃん。もう穴掘り終わったの?」
薄茶色の髪と目は、ここマーハルニーファ王国の人の特徴みたいなもん。たまーに、もっと色素の薄い人もいるけど。
で、あたしたちセイライ国の人間は、深い青っぽい黒の髪と、黒い目。ついでに言うと、何でか、他の国の人より背が低い。顔も体型も、子供っぽいんだって。
あと、あんまりいないけど、メアンラーエ王国の人は、赤っぽい茶色の髪の毛。
よっぽど混ざりまくってる人じゃなければ、だいたいわかる。
で、ベネットはマーハルニーファの人そのもの。性格は、女の子を見ると口説く癖があるらしくって、ちょっと難アリ。一応、今は本命っぽい子がいるから、他の子には言わないんだって。
ベネットはあたしと同じ隊で、ちょっと珍しい竜騎士なんだ。
竜騎士は、その名のとおり、竜に乗って空を飛ぶ。一撃離脱が得意。空から戦況を教えてくれたり、偵察もしたりする。でも、帝国に攻め込まれた時に、大事な竜が死んだり、乗り手が死んだり、竜を育てる人が殺されたり、竜が生まれる場所を占拠されたりで、今はほとんどいない。
あたしたち、マーハルニーファ解放軍にいる竜騎士は、全部で十七。最盛期には、その十倍はいたんだって。
「ユノ嬢!」
あ、噂をすれば何とやら、ってやつかな?
バッサバッサと羽音を立てて、お腹が薄い黄緑色のでっかい生き物が下りてくる。コウモリみたいな羽は、端から端まで、たぶん七メートルくらい。頭から尻尾の先は、五メートルはあって。手足にはキラッと光る鋭い爪。ちょこっと開いた口には、尖った歯がびっしり並んでる。
目だけ見たら、結構愛嬌があって可愛いんだけどね。顔全体で見ちゃうと、やっぱ小さくって怖い。か弱い子が見たら、悲鳴を上げて気絶しそうなくらい、ホント怖い。
その竜の上から、白銀の鎧をまとった人が、ヒラリと飛び下りてくる。
薄茶色の髪は、肩より少し長いところで切りそろえてある。切れ長で涼しげな目元は、凛々しくてちょっと羨ましい。あたし、ボケッとした顔してるし。
腰には、左に剣で右に杖。ああみえて、あの人、治療もできるんだよね。竜に乗れるし。
「ああ、ユノ嬢は今日も非常に愛らしいですね」
あたしの右手をつかんで、指先にキスをする。最初はびっくりしたけど、これ、この人の挨拶なんだよね。
それから、こんなこと言うけど、この人は女性。エレンさんっていって、解放軍の盟主様の護衛。戦ってるとこは、あたしはまだ見たことない。でも、ベネットがまず勝てないって言ってたから、たぶんすっごく強い。
ただ、美人なのに、女の子が大好きなんだって。可愛い子とか、はかなげな美少女は好物って……好物……。あ、男は口うるさいから、基本的に嫌いなんだって。
「ちょっとさらって、オーレリア様の天幕に隠して、私が満足できるまで愛で倒したいくらいです」
「えっと、それは遠慮したい……っていうか、あたし、王女様の天幕なんて無理!」
一応、公式には王女って認められてないけど、ちゃんと死んじゃった王様の娘なんだって。父さんとか、証拠があるから絶対って言うし。だから、王女様。で、あたしたち解放軍の盟主様。
んでもって、あたしたちセイライ国の傭兵の、雇い主。
「ああ、でしたら、ユノ嬢が落ち着いていられる場所で、心ゆくまで堪能させてください」
「……エレンさんって」
ボソリとベネットが呟いたら、エレンさんはベネットをキッと睨みつけた。美人だから、迫力があっていいなぁ。
あたしがやると、可愛い可愛いって言われるんだよね。
「確か、ベネットでしたね? そろそろ、竜騎士たる者、どうあるべきか。それを理解できてきましたか?」
「いや、あのさ……」
「では、復唱なさい。竜騎士たる者、危機に陥っている女性は、かっさらってでも救出すべし! 全世界に存在する愛らしい乙女たちは、全員残らず愛でるべし! はい!」
復唱しないで、ベネットが逃げた。逃げ足速いなぁ。
「まったく、あの男は……」
言いながら、エレンさんはあたしを背中からギュッと抱き締める。
あー、うん、悪くない。悪くないけど……できたら、カッコイイ男の人にやって欲しい。ほら、あたしも一応、恋したい年頃だしね!