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騎馬が駆けて、土埃が舞い上がる。剣戟に悲鳴に、苦悶の声。どす黒い色に変わった地面も、あちこちに広がってる。
パッと見ても、相手側は陣のあちこちが崩れ始めてる。それでも、逃げ出す者は一人もいなくって。
「さっすがは帝国兵じゃん?」
「ユノ、油断するな。後のない人間ほど怖いものはないぞ」
「わかってるって!」
父さんに怒られた。ゲンコツがなかったのはラッキー。
あたしは気合いを入れ直して、剣をグッと握る。
あたしたちと敵対しているのは、帝国──今いる国のお隣さんで、ガイルファラ帝国。
玉座は簒奪するもの。勝てると思えば、容赦なく皇帝を打ち倒しにいく。国民は誰もが強さを求め、実の親子も、兄弟姉妹も、敵。いつでも、どこでも、うっかり気を許すなんて、危なくってできない。
ガイルファラは、そんな殺伐とした国。
まあ、国から出て傭兵しないとやってけないあたしたちと、どっちがマシかな? ってレベルかもね。
一群がこっちに向かってくる。父さんが剣を構えた。あたしもそれにならおうとして。
いきなり、目がグルッと回った。
「ふぇっ!?」
何が起きたの!?
あー、もう! 動揺したらダメ! 落ち着いて、まずは周りを見る!
大きく息を吸って吐いて、あたしは真っ先に前を見た。
空だ。ちょっと曇ってる、一面灰色の空。
もう一度目が回って、今度は白い毛に顔を押し込まれる。
あったかいから、コレ、多分動物だ。
戦場にいる動物なんて、竜か馬しかいないでしょ? これは毛があるから、馬! ……ん? 馬って、騎士様の乗り物じゃん?
いろいろ考えている間に、バリバリ、と音がした。
「雷の魔法!?」
なじみのある音だから、すぐわかる。バッと顔を上げて、音のした方を見て。
「うっわ!」
思わず声が出た。
地面が黒コゲ。茶色が真っ黒になってる! しかも、さっきあたしがいた辺り!
こんなもん、直撃されてたら、あたし死んでるじゃん!
ってか、どこに魔道士がいたわけ? 遠距離からバンバン魔法を撃ってくる、敵だとすっごく嫌みったらしいやつらは!
「左手の林に魔道士が潜んでいる! 狙い撃ちされないよう、こまめに動け!」
指示を飛ばす声の主を見上げた。
ピカピカの、白銀の鎧。短く刈った薄茶色の髪。ちょっと優しそうで真面目そうで、しかもカッコイイけど、戦場には似合わない顔。
たぶん、イハル兄よりは年上。でも、ユウガ兄よりは下じゃないかな?
あ、ユウガ兄は、あたしの上のお兄ちゃん。きっと、どこかその辺を走り回ってるよ。で、イハル兄は、ご近所だったお兄さん。下のトウガ兄と同い年で、あたしともよく遊んでくれたんだ。今はやっぱり、その辺にいると思うけど。
だからこの騎士様、二十代前半じゃないかな。この国の騎士団、年配の経験者が軒並み戦死してるんだ。仮の団長でも、二十代前半の若さだって聞いてる。若い騎士ばっかりで、経験の浅さがちょっと心配って、父さんが言ってたし。
「騎士様、助けてくれてありがとね!」
見上げたまま、ニッコリ笑って、とりあえずお礼は言っとく。
さすがに、雷の魔法が直撃してたら、本気でヤバかったもん。だって、あたしまだ、十六だよ? こんな若さで死ぬなんて、冗談じゃないし!
死ぬ前に、やっぱ恋くらいしてみたいじゃん? こう、好きな人と手ぇつないで買い物したり、お茶飲んでみたり、やりたいじゃん?
返事はなかったけど、あたしは馬からぴょんと飛び下りた。
「ユノ!」
ヤバっ、父さん、マジで怒ってる!
あたしは慌てて、父さんのところに走る。
「夜空に瞬く、星のごとくぅ!」
何か言われる前に。そこにいた敵に、あたしが使える奥義をぶちかます。
これは『セイ』。素早く何回も撃ち込む剣の軌跡が、キラキラして星みたいに見えるから。他に、月みたいに見える『ガツ』と、太陽みたいな『ヨウ』がある。
父さんやイハル兄は『ガツ』が使えるんだよ。でも、『ヨウ』が使える人は、ホントに少なくって、父さんでも滅多に見ないって言ってた。
あたしはまだ、見たことない。
「体力は温存しろ。深追いはするな」
父さんの指示に従って、あたしは戦場を駆け巡る。
あたしは、セイライ国の剣士なんだから!