チーフ様には敵いません
本日お誕生日のさるお方に捧げます。
お気に召しましたら誕生日プレゼントとしてお受け取りくだされば嬉しく思います。
・・・店長の鬼!!!!
あたしはテーブルを拭いたダスターをシンクに投げ付けながら呟いた。
やっとお客様の入りも落ち着いた6時前のファミレスのホール。
次の団体の予約は7時半だから少し間がある。
だって、夏だよ?
18歳の夏休みだよ?
人生に一回しかないんだよ?
それなのに。
・・・何このシフト。
毎日のように6時からのディナータイムに入ってるし、その上週末は「パートさんがこれないから」なんて理由でランチタイムとのダブルシフトって。
「あたしはいつ遊びに行けばいいのよ~」
勢いに任せて洗ったダスターを思いっきりぎゅうううっと絞ったら。
ぶち。・・・ちぎれたし。
・・・ああ。もう。なんだか何もかもが嫌。
もう一回ダスター投げてやろうか。
そんなことを思っていたら。
「・・・すっげ。怪力だな」
本気で驚いたような声に振り向くと、そこには社員でホールチーフの花本さんが眼を丸くして立っていた。
「ち、違いますよっ。これはその・・・不可抗力です」
「不可抗力って・・・その割にはなんだか憎しみこめて絞り上げてたように見えたけど?」
花本さんは右手でネクタイを緩めながら笑った。
「気のせいです。・・・今から休憩ですか?」
鬼店長に憎しみこめてたなんて口が裂けても言えやしない。
「そう。やっとね」
「やっと?」
「俺開店前から入って、今から昼休憩」
「・・・今6時ですよ?」
「そうだな。すでに昼ではないな」
そう言いながら花本さんがするっとネクタイを外した。
すると外していたカッターのボタンの合間に胸元が見えてなんだか少しドキッとする。
「・・・やっぱ店長鬼だわ」
「どうして?」
「だって」
思わず花本さんに言いつけたくなって、あたしは新しいダスターを洗いながら口を尖らせて見せる。
「18の夏なんですよ!」
「18・・・若いな」
「そうでしょ?人生にたった一回の18の夏なのに、人がいないからって毎日シフト入ってるんです!」
「確かに毎日いるね」
「そうなんです!だから遊びにも行けませんって店長に言ったら・・・・」
今度は少し加減をしながらぎゅっとダスターを絞った。
そして、高らかに鬼店長の暴言を花本さんに言いつけてやる。
「どうせデートする相手もいないんだから働けって言うんですよ!!!」
「・・・いないんだ?」
「・・・いませんよ。でも!!」
いつの間にか花本さんは185センチはあるだろう長身を折り曲げてクッククックと笑っていた。
「・・・なんで笑うんですか」
「いや、ごめん」
謝りながらも、なんだか解らないけどツボにはまったようで花本さんの笑いは収まらない。
そうだ。この人笑い上戸なんだっけ。
27歳長身なのに童顔な花本さん。バイトの女の子の中じゃこの店一番の人気。
パートのおばさんまで「あの笑顔には敵わない」なんて言われてる。
「まだ笑ってるし」
「いや・・・あまりにもさ」
くっくっく。
笑いをこらえようとして手のひらで口を押さえながら花本さんはうっすら涙を浮かべた目であたしを見る。
・・・笑いすぎて泣くことないじゃない。
「・・・なんですか」
「あまりにも・・・かわいくって」
・・・へ?
イマカワイイトオッシャイマシタカ?
どどどっっと体中の血が頬と頭に上った。
「ほえ?」
「ほんっと、間山さんって・・・かわいい」
・・・わ、笑いながら言われても。
からかわれてるんだよね?
あ、もしかして面白いとかと同意語のかわいいとか。
言われ慣れてない言葉に免疫がありません、あたし。
「間山さんってかわいい生き物だなとは思ってたけどさ」
「い、生き物って!」
「いや~楽しいわ。間山さんいるなら俺フル出勤でも楽しめるわ」
花本さんはそう言うとやっと笑いが収まったようで、口元を押さえていた手をあたしの頭にぽんっと載せた。
「・・・可愛がりがいがありそうだ、うん」
えーと。・・・どう受け取ったらいいのでしょう?
ってか、この右手はなぜ私の頭の上に?
はてなが300個ぐらい頭の中を乱れ飛び。
・・・すると。
ピンポーン
お客様の来店を知らせるチャイムが鳴った。
「あ。いらっしゃいませ~」
ホールへ飛び出そうとしたあたしの腕を花本さんの大きな右手が握り締めた。
・・・とても優しく。
でも振り払えない力を持って。
「・・・え?」
「とりあえず、帰る前に携帯番号を教えること」
「ほえ?」
見上げた花本さんは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
ああ。
これが「敵わない笑顔」なのか。
「チーフ命令だからね」
「はいっ」
思わず敬礼してお客様を迎えるためホールへ飛び出す。
・・・18歳の夏はなかなかスリリングだ。
少しばかり鬼店長に感謝しながらあたしはそう思った。