4話 最弱、混乱する
「それでいい加減説明して欲しんだけど」
俺の若干イラッだった声があまり広くはない木造の部屋に響く。
「まったく、食事が終わるのすら待てないんですか? 本当マナーがなっていませんね。あなたはまったく犬以下のゴミですか?」
「うがあああああ! 何なんだよ! 毎回毎回、毒吐きやがって説明ぐらいしろよ!!!」
此処に来て初めてブチ切れかけた。立ちあがってリミルを睨みつけたまま怒鳴る。
「何の説明も無くこんな状況に置きやがってふざけんじゃねえぞ!!!」
それでも説明しようとしないリミルに対して怒って殴りかかろうとする俺を止めたのは俺たちと共にテーブルを囲んでいた三人目だった。
「少しは落ち着いたらどうだ、少年? 姫様もいい加減はぐらかさないで教えてあげたらどうだ?」
「何が落ち着いたらだ! てめぇは何でここに居るんだよ! 」
こいつがここに居る事も俺が混乱させている原因だ。
俺の身体にはこいつに蹴り飛ばされて打撲した部分が包帯で巻かれている。
「もう訳が分かんねえんだよ! 只でさえこっちの世界に来て分かんねえ事だらけなのにこれ以上増やさないでくれ!!!」
そのまま思いっ切りテーブルに拳を叩きつける。両手が痺れるような感じがしたが、それすらも気にならないほど混乱していた。
いきなり殺されて、目が覚めたら全く知らない世界に飛ばされていた。挙句、馬鹿みたいに強い化け物と戦ったり、化け物よりも強い女に殺されかけたりしてまた死ぬかと思ったら訳分からん光に包まれてそのまま意識を失った。
そして気が付いた時には知らない部屋でベットに寝かされていて、その部屋で敵同士だった二人が仲良く食事しているんだぞ。
もう訳が分からな過ぎてぶっ倒れそうなのに、こいつら一向に状況を説明しようとしないし、もう混乱して吐きそうだ。
「まったく面倒な奴だな。姫様が説明しないみたいだから、あたしは説明してやろう」
俺が本当に暴れてやろうかと思ってテーブルの縁を掴んだ時だった。みるに見かねたように敵であるはずの女剣士が話し始めた。
「あたしだって不本意なんだが、状況が状況なんだ」
そう言いながらテーブルに置いてある空になった食器を重ねてスペースを作り、空いたスペースに紙を広げていく。
「これは?」
「見ての通り、世界地図だ」
これがこの世界の地図か。大きな大陸が五つ、それを取り囲むように小さな島がポツポツある。
「そして今はあたし達が居る所はここだ」
そう言って指を刺したのは大陸の方ではなく、周りに浮かぶ島。刺された島は島の中では大きい方ではあるが、それでも大陸と比べると十分小さい。
「あたしたちは元々と東の大陸に居たのに姫様の転移魔法でこのクレラルに飛ばされてしまったのだ」
地図上の右側の大陸とそれと離れ右側の比較的大きな島を刺してそう言う。
「それで何であんたはここに居るんだ? あんたの力ならさっさと俺たちを殺して自分の国に戻れば良いじゃん」
それが一番の疑問だ。こいつの力なら俺たちなんて瞬殺だ。
「それは簡単な事ですよ。彼女は魔術を使えない。彼女が使えるのは慶術です。魔術が使えなければ、この島を脱出することが出来ない」
つまり慶術ではこの島を脱出することが出来なく、脱出するために魔術を使えるリミルを殺すことが出来ないってことか?
「なあ、この島って人が住んでいないのか?」
そう言った俺の方を馬鹿にするような目で見てから、女剣士は言った。
「人が住んでいなかったらこの料理は誰が作ったんですか? この建物は何であると思うんだ?」
つまり人が住んでいるってことか。だったら別に魔術だかに頼らなくても出る方法はあるんじゃないか?
「別に魔術を使わ「ブラスト」のわぁああああ!!!」
話している途中にいきなり目の前の空気が爆ぜて、爆風が生まれ椅子ごと引っくり返る。
「痛ッ~~~」
頭をさすりながら起き上がろうとすると、俺の顔を覗き込むようになりながらリミルが言う。
「余計なこと言うと死ぬことになりますよ」
俺にだけに聞こえる声で言う。
「食事も終わった事ですし、質問に答えてあげてもいいですよ」
何事もなかったかのようにリミルは自分の席に戻って行く。こいつの行動を見る限り俺の予想は間違っていない。そして、女剣士はその事に気づいてない。
普通を気づきそうなことだけど、もしかしてこいつは
「バカ?」
ヒュンと風を斬るような音が聞こえ、何か黒いモノが上から降って来る。
「え? これ俺の髪。何で?」
膝上に落ちて来たそれを拾ってみてみると真っ黒な髪の毛だった。
「さっきの台詞もしもあたしに言ったのなら次は首を吹っ飛ばす。もし違ったのならすまなかったな」
「違います。あなたではございません。只の独り言です。気にしないでください」
思わず敬語になってしまうほど、怖かった。こいつの視線は怖かった。こいつの全ては怖かった。
「だったらすまなかったな」
そう言って細い刃のレイピアを鞘に納める。最初に対峙した時も思ったけどこいつは本当に怖い。
「姫様から聞いたけどお前は本当に異世界からのか?」
「まあ証明する事は出来ないけどな」
幾らもと居た世界の話をした所で妄想話程度にしか思われないだろうし、証明できるモノなんて持っていない。
「確かにその眼とその髪は異常ですね。漆黒の髪と黒眼を持った人間なんて異常です」
俺にとってはこいつらの色彩豊かな髪や眼の方が異常だけど。この世界にとっては俺の髪や眼の方が異常なんだな。
「姫様。魔術的観点から見て彼の眼は何を表しますか?」
「髪の色は本質。眼の色は属性を表します。そして黒は闇や無を表します。しかし、わたくしが知っている限りでは黒髪黒眼の人間なんて存在しません。黒を持つ種族はエルフかドラゴンだけですよ。それで慶術的見解は?」
「ほぼ同意見です。彼がもしこの世界の人間でなければ、人間でない。どちらかだと思う」
そんなに異常なのかよ、この髪と眼は。この世界の人間であれば人ですらない。そこまで異常なんだ。
俺は自分の異常性にいまさら気がついた。




