3話 最弱、兵士と戦う
「さて、どうする?」
「わたくしに聞かないでください。あなたこそその空っぽな頭で考えて下さい」
「いや、考えれば考えるほど碌な回答が出てこないんだが」
「まったく本当に無知で無能ですね。それだからこんな状態になるんです」
「はぁああああ~~~~」
これ以上反論しても、倍以上の毒舌が返ってくるだけだし、それよりも今はこの状況を如何にかしなくてはならない。
「口論してても状況は好転しない。冷静に状況を整理しよう」
「同感ですね。まずこれには結界が張ってありました。でも、現状は破壊されました」
ほんの少し前まで、俺たちはこの世界の事を話しをリミルから聞いていたのだが、その時急にこの馬車ごと真っ二つにされるほどの攻撃を受けた。
俺たちに怪我はなかったが、その時にどうやらこの馬車を守っていた結界を破壊されてしまったらしい。
「で、外には何だか武器を持った怖そうな人たちがたくさんいると」
「そして、逃げる事が出来ない。まったく八方塞がりもいいところですね」
「どうするか。今はまだ外の人たちは攻撃してこないけど、何時また攻撃してくるかわからないし」
「にしても、想像以上に早いですね。予想以上に早すぎるとも言えますね」
まあ、俺たちが話していた時間は10分も無かっただろう。もっと遅いと思っていたから何にも考えてない。
「起きた事をクダクダ言っても仕方ないし、これからの事を考えるぞ。そして、先に言っておくけど俺は何にも思いつからないからな」
「……………役立たず」
ボソッと言われると今まで以上に傷付く。まあ、実際役立たずだけどさあ。もうちょっと優しくしてくれても良いじゃないか。こいつが優しくする訳ないけど。
「まあ、如何にかならない訳じゃあないです。わたくしとあなただけなら如何にかなるかもしれません」
「何か策があるのか?」
「さっきの結界は外敵からの魔術と慶術からの保護される効果と同時にその代償として結界内部の者は魔術も慶術を使うことが出来ないという副作用がありました」
確か、魔術と慶術ってのは魔法みたいなモノだった。何でも効果の範囲や力の源が違うらしい。その説明を受けている最中で攻撃されたからよくは分からないけど。
「つまり、今はその結界が壊れているからお前も魔術と慶術が使えるってことか?」
それが使えば、ここから逃げられるってことなのか?
「まあ、そう言うことですけど。そのためには一つ条件があります」
「条件って? 何だか知らないけど、それを俺がやればいいんだろ」
話の流れを考えるとそうだろ。でも、何だか言い予感はしないんだよな。
「別に簡単な事ですよ。わたくしがここで空間転移魔術の準備をしている間、外の者たちを足止めしておいて欲しいだけですよ」
「お前それを俺にしろと。ちなみに聞くがどれくらいだ?」
「別にほんの数刻。たかだか六刻ぐらいですよ」
六刻。一刻が約100秒ほどだったと言っていたから、六刻で約10分。外の兵士の数はさっき一瞬見ただけだがたぶん2、30人はいるだろう。無理だな。
「ちなみにわたくしもこれ以外策はありませんから、これが出来なければ二人とも死ぬだけですね」
「諦めるくらいなら、さっさと死んで来いってことかよ」
「まあ、あなたが解釈したいように好きに解釈してください。それぐらい、あなたのすっかすかの頭でも判断できますよね」
俺も死にたくないし、ここで大人しくしていて100%死ぬよりも、外に出て兵士たちを10分食い止めに行って99%死ぬのなら断然後者を選ぶしかねえよな。
「じゃあ、出来るだけ早くその魔法を使ってくれよ」
「では、あなたも一人たりともこの馬車の中に兵士を入れないでくださいね」
俺は化け物を倒す時に使った槍を手に取り、それを肩に背負い、外に出る。
外にはたくさんの兵士たち。ざっと見て30人前後か。まともに遣り合って勝てる相手じゃないな。
兵士たちの方はいきなり出て来た俺に対して、一斉にこっちを見てくる。まあ、鎧と兜を着ているから顔はよくは見えないけど。
次の瞬間、兵士たちの中から一際大きな気配を感じる。それがこっちに向かって突っ込んでくるのが分かる。自覚した時には身体はすでに動いていた。
ギィイイイインンンンン!!!!
俺の槍がそいつの剣を受け止めていた。そいつは鎧や兜は着ていなく、元の世界の巫女服の色を変えたような服の上からフード付きのマントを羽織っていた。
そいつの持っていた剣は今まで見た剣とは違っていて今までの西洋剣であり、こいつが持っていたのは刀身はもっと細く、先端はもっと鋭い。確かレイピアとかロングソードとかいうものだったはずだ。
その剣と俺の槍が火花を散らしながら激突する。
つうか、こいつ力強!!! このままだと力負けする。その前に腕を思いっ切り伸ばして弾き飛ばす。
「随分と手荒な真似をしていくれたなあ。こっちの話も聞かずに」
余裕ぶって話してはいるが実際は今ので身体中の力を全て持って行かれたような気さえするほど疲労した。
「あなたの話なんて聞く必要はありません。あたしはただその中に居る者を排除するだけ」
さて、問題はここからどうするかだな。
時間は十分間。その間、どう持ち堪えるか。
戦って如何にかなる相手じゃあない。だったら、戦わずに十分持ち堪えるしかねえな
適当に話を続けて、十分持ち堪えて見るか。 それしか手が無いし。
「とりあえず、勘違いしているみたいだから言うけど。この中には俺以外はいないんだけど」
「嘘ですね。その馬車はメネリウス王国のモノです。普通のモノとは違うはずです」
「この馬車は拾ったんだよ。其処で死んでる化け物にでも襲われたんじゃないか?」
まあ、実際あいつ以外は全部その化け物に遣られたんだけど。あくまでも嘘ではない。
「仮にあなたが言っている事が本当だとして、だったらその混合獣は誰が倒したんですか?」
「俺じゃあ納得いかないか?」
これは嘘偽りのない真実なんだけど、たぶん信じてくれないよな。つうか、自分でもあんな化け物を相手に取って戦えたのが奇跡みたいなものだし。
「確かにあたしの一撃を停めるほどの実力を持ったあなたなら可能性はあるかもしれませんね」
えええええ!!! 何か信じてくれたよ! 思わず口に出して叫びそうになるほど驚いたよ。
あんなまぐれに近い行動で助かった。同じことをもう一度しろとか言われれもたぶん絶対に無理だから。
「信じてくれたのなら、さっさとどっかに行ってくれないか? 結構疲れているんだけど」
ここであっさりと退いてくれるのなら、そうしてくれた方が良い。これ以上話していてもボロが出そうだし。
「あなたはなぜこんな所で一人でいたんですか?」
「旅をしてた」
これは聞かれると思っていたからあらかじめ考えておいたモノをそのまま答えた。
「この魔女の領土ですか? ここはあの伝説の魔女の領土ですよ。死にたいんですか?」
「ちょっと色々あってな」
そんな事全く知らなかった。適当に言ってやり過ごさないと。
「すまないな。これ以上は語らせないでくれ」
少し意味あり気に声を震わせながら言う。これで如何にか騙せればいいが。
「すみませんでした。無理に聞こうろして、理由はもう聞きません」
「いや、こっちこそ悪かったな。それじゃあもう良いか?」
これ以上は無理だ。マジでボロが出そうになる。只でさえ奇跡的に今まで騙せてるけどこれ以上は無理だ。
「あなたは一人で旅をしているんですね」
「まあ、そうだけど」
一体こいつは何を聞こうとしているんだ? あまり深い事を聞かれるとボロが出るから如何にかしたい。
でもここで無理に話を切り上げても怪しまれるかもしれないし、どうすりゃあいいんだ!
「もしよろしければあなた、あたしの軍隊に入りませんか?」
「はっ???」
意味が分からなく思わず声を上げてしまった。
「あたしの一撃を受け止められるほどの実力を持ったあなたならあたしの軍隊に入ってほしいんだけど。一人で旅をしているだけなら頼みたいだけど」
いや無理だけど。そもそもこいつの攻撃を受け止められたのも奇跡に近いし、化け物を倒せたのは奇跡だし。
実際、俺の実力はそこらの兵士よりも劣るだろう。まともにやり合って勝てるほど俺の力は強くない。
「それでどうですか? あたしの軍隊に入ってくれますか?」
「すまない。俺には俺の目的があって旅をしているんだ。誘いは嬉しいがすまないな」
旅に意味なんてない。そもそも旅なんかしていないし、というか俺はこの後どうするんだ?
この世界で俺は何をするんだ?
「そうですか。残念です。あなたみたいな強い人を殺すのはいたたまれないですけど。しょうがないですね」
「えっ??? 何を」
身体が反射的に動く。あいつのレイピアを槍で受け止める。さっき以上の力で俺の槍を押し返す。
「ってめぇ! 何するんだ!!!」
「だから、言ったでしょ。殺すって」
レイピアで槍を弾かれ、そのままがら空きになった腹を蹴飛ばされる。
「ウグッ!!! ゲホッ、ゲホッ!!!」
何度も何度も身体を回転させながら、地面を跳ねまくってようやく止まった時には吐き気が込み上げて来た。
実際に口の中から出来て来たのは血へドだった。 口の中に酸っぱい胃酸の味と嫌な血の鉄の味が広がる。内臓がぐちゃぐちゃに掻き回された気分だ。
立たなくちゃ。このままだと無様に殺される。死にたくない。生き残りたい。
「耐久力は思った以上に弱いですね。まあ、それでも慶術で強化された脚力を蹴飛ばしたのに生きているのはさすがですね」
「何でいき……なり殺され…なきゃ…いけないんだ」
「あたし達がこの場所で行動している事は非公認。簡単に言えば誰かに見つかってはいけないって事です。だから、目撃者は殺す」
「は、巫戯山ってんだな」
ゆっくりと近づいてくる。死にたくない。生きていたい。その一心でふら付く身体で槍を杖にして立ち上がる。
一体後何分だ。早くしてくれよ、リミル。このままだと、洒落じゃなく俺もお前も死ぬぞ。
「立ち上がりますか。それだけ遣られてもまだ立ち上がりますか」
「うっせえよ」
「まあ、良いですよ。死んでください」
今度は蹴りではなく、レイピアが振るわれる。
「舐めんじゃあねえぞ!!!」
俺の首の位置を正確に横薙ぎにするレイピアを後ろにこける様にしてギリギリで避ける。
「これでも喰らいやがれぇえええ!!!」
こけながらも最後の力を振り絞りながらフードの奴に向かって槍を突きだす。
「くっ!!!」
俺の最後の攻撃はフードの奴の意表をついたのか、フードの奴は避けようとしてバランスを崩してしまう。それでも避け切れなかったのかフードの端が破れる。
そしてバランスを崩したフードの奴はこけて来る。しかも、俺の方に。
先にこけた俺の上にフードの奴は倒れて込んでくる。
「痛ッううう」
俺の方はもはや呻くだけの体力も残っていない。俺の上に乗った奴が呻いた音であった。俺はそちらを見てみると其処に乗っていたのはピンク色の髪をポニーテールで括った女だった。
「つうか、女だったんだ」
俺が変なところで驚いているとき、俺の周りごと俺を包み込むように青白い光が身体を包んだ。
「あなた!!! 一体何をする気ですか?!」
そして、俺の身体は女ともども光に包まれて何処かに飛ばされる。完全に俺の意識はその光に持って行かれ、俺は意識を失った。




