20話 最弱、今後の予定を決める
「痛ぇ」
目が覚めて一番初めに思ったのは身体中に走る鈍い痛みだった。腹や腕、脚にズキズキと地味に痛む。とりあえず、起き上がろうとするけど腕が思うように動かない。
昔、盲腸で手術を受けた後の麻酔が身体に残った状態みたいだな。ぼんやりと頭の中にもやがかかっているみたい。
とりあえず首だけ動かして現状を把握しようとする。右側には大きなベットがあり、誰かが寝ているようだ。そもそも俺は床に寝かせられているらしい。怪我人なんだから、ベットに寝かせて欲しいが文句を言ってもしょうがないだろう。
左側を見てみると、そこには椅子に座って寝ているアリアナと狼の状態なって丸くなっているミサナがいた。 にしても、一体ここは何処なんだろう? 前に借りていた宿の部屋じゃないことは確かだけど。
そんなことを考えながら、しばらくの間床の上でボーとしていると椅子の上で座りながら寝ていたアリアナが目を覚ました。そして、俺が起きているのを見るなり言ってくる。
「どうやら死んではいないようだな。とことん運がいい奴だな」
「うっせよ。それより俺が倒れた後はどうなったんだ?」
アリアナは横になっている俺に近づいて、俺の身体を起こしてくれる。その時に腰にあった鈍い痛みが、一瞬だけ熱く激しいモノに変わる。
「うぐっ。痛ェな」
「すまん、戦いでの怪我は治せる範囲では姫様が治してくれたのだが、お前は魔術も慶術も効きが悪い。完全に治してやることが出来なかったんだ。それでも酷い箇所だけは治したんだが、やはり身体は痛むのか」
申し訳なさそうな声色で言うアリアナの肩を借りて立ち上がり、そのまま空いている椅子に座る。動くたびに身体のあちこちが痛むけど、呻くほどのものじゃあない。声を殺して、平然と動く。
「それで俺の怪我を治してくれたのは助かったが、ここはどこで、俺が寝ている間にどうしたんだ?」
「お前が倒れた後、あの行商人の女の馬車で他の町まで行って、そこで新たに宿をとり直したんだ。行商人の女はその後すぐにお前の近くで何かごそごそやってからそのまま去っていたぞ。部屋でお前の手当てをしてから、あたし達は休んだんだ。それがお前が倒れている間に起きたことだ」
コムがやったのはおそらく俺に貸していた道具の回収だろうな。まあ色々とお礼を言いたかったけど、行っちまったもんはしょうがねえな。また縁があって逢うことがあったら礼を言おう。
「さてとそれじゃあお前も起きたことだし、少し今後のことを話そうか」
そう言ってアリアナは椅子とテーブルを俺の前まで移動させて、その上に大きな紙を広げてくる。それは前にも見たことがあるこの世界の地図だ。
にしても、今後のことか。どうするか?
俺の目的はそもそも元の世界に戻ることだ。そのためにどうすればいいのか、まだはっきりとは分かっていない。手掛かりは俺のことをぶっ殺したあの少女ぐらいだ。あいつ以外には何も手掛かりはない。
そう考えている俺の思考を断ち切るようにアリアナが話を始める。
「私と姫様は姫様の母国であるメネリウス王国に向かう。現在その地を治めている帝王であるクリエルを打ち倒すためにその地で動き出すつもりだ。そこの狼も何か考えているみたいだが、どうするかは聞いていない。それでお前はどうするんだ?」
俺はどうする? 目標ははっきりしている。でもその筋道が分からないのだ。俺の手元にあるのは不確かな手掛かりだけ。これしかないんだ。だったらこれを信じるしかない。
だから俺は意を決して言った。
「お前とリミルに連いて行ってもいいか? ダメなら諦めるけど」
俺がそう言うとアリアナが鳩が豆鉄砲が喰らったように目を丸くしていた。そんなに驚くようなことかよ。まあ確かにいきなりだったかもしれないけど、それでもこの反応は若干悲しくなるぞ。
「理由を聞いてもいいか? お前の目的は元の世界に帰ることじゃなかったのか。あたし達に付き合うことは下手したら死ぬかもしれないんだぞ? もしも義理や同情で付き合ってくれようと思っているのなら、お門違いだぞ」
「確かにお前らに義理も同情もましてや恩なんてモノを感じないわけがないが。それでも俺はそれだけで死ぬかもしれない所に連いて行くほどバカじゃない。でも、もしも俺が見た夢通りならリミルの国は俺の殺した奴と何か関係があると思う」
「夢?」
俺は一昨日に見た夢と言うか、精神での会話と言うべきモノの話をした。あの時の話がもしもただの夢でなく、もっと現実じみたものならリミルが生きていることに何かあいつに不都合なことがある。
もしかしたら、またあいつに会う機会が生まれるかもしれない。今はその淡い希望に賭けるしかない。他に賭ける対象すら無い状態なのだ。これに賭けるしかない。
「そうか、なるほどな。お前にはお前のちゃんとした理由があるんだな。分かった。そういう理由なら同行を断る理由はない。こちらから頼む。あたし達と一緒に来てくれ」
そしてアリアナはゆっくりとこちらに手を差し出してきた。俺もその手を受け取って固く握る。アリアナもきちんと力を籠めてこちらの手を握り返してくる。
「随分と仲が良いのじゃなあ、うぬらは」
何時の間にか起きていたミサナにいきなりそんなことを言われた。おどろいて、俺とアリアナはそのままの状態で固まってしまった。
「それでうぬはどうすることになったんじゃ?」
その問いかけは俺に聞いてきているモノだと分かった。なので俺はその問いに答えるように言う。
「アリアナ達と一緒に行くつもりだ。そういうお前はどうするつもりなんだ? と言うか、何でお前は俺たちに会いに来たんだ?」
今回の件で巻き込まれたのは俺よりもミサナやコムの方だ。コムはなし崩し的に協力してもらうことになったけど、こいつはそもそも何で俺たちの所に来たんだ?
それがなければこいつは俺に協力してくれることはなかった。もしもこいつが来てくれなかったら、間違いなく俺も他の皆も死んでいただろう。そう考えると少しゾッとする。
「別に特別して理由などないわ。ただ単に久方ぶりにうぬのようなおもしろい奴に会えたからもう少し話してみたくなっただけじゃ。そしたらあんなことに巻き込まれて真におもしろい奴じゃな」
好きで巻き込まれている訳じゃねえよ。こっちだってかなり死にかけているんだぞ。それをおもしろいの一言で片づけてんじゃねえよ。
「と言う訳で、我もうぬら連いて行くぞ」
「「何で!!!」」
余りの脈絡のなさに二人揃って声を上げてしまうほど、驚いた。いや、だっていきなりすぎるだろ、この答えは。もう少し前置きと言うか、前振りと言うか、そういうものをちゃんとして欲しいモノだ。
「だから言ったじゃろ。うぬと一緒に居たらおもしろうそうじゃから、だから一緒に行くのじゃ。ただそれだけじゃ。千年を生きる我にとって退屈を紛らわせるモノなら何でもよいのじゃよ」
それだけ言うと起きやがって、狼の状態で大きく伸びをする。
「まあ俺も連いて行く立場だからなんも言えないけど。アリアナは良いのか?」
「特に問題はないんじゃないか? 確かに理由は不純だが、そいつはかなり強いだろ。だったら自分の身ぐらい守れるだろうし、それに確かなこいつの意思でくるのなら文句は言えない。まあお前のことも含めて最終的に決めるのは姫様だ」
それで肝心の姫様はどう思っているのだろうか? どうせまだベットで寝ているのだろうけど。一応聞いてみた。
「別に戦力が増えるのなら狼だろうが、無能だろうが、わたくしは構いませんわ」
「って起きていたなら、もっと早くから話に参加しろよ!!!」
ツッコンだ。もう精一杯の力でツッコミを入れた。全身の痛むことすらを忘れてツッコミを入れていた。
「うっさいですわ。どのタイミングで参加しようとわたくしの勝手ですわ。後、怪我人は大人しく寝ていなさい、フレア」
激しいつむじ風が俺の身体に突き刺さり、そのまま吹き飛ばされ床に叩きつけられる。全身の痛みで頭がおかしくなりそうだ
「がぁああああああああ!!!」
口から獣のような咆哮が出る。全身が焼かれるようなそんな感じがするほど痛みで頭がおかしくなりそうだ。
「姫様、幾ら何でもやり過ぎですよ。死にますよ、彼」
淡々とした声で言うアリアナは止める気があるようには思えなかった。さすがに殺す気があるとは思えないけど。冗談だよな。
「まあしょうがないわね。本当に死なれちゃ、わたくしも困るわ。そいつは使えるからね」
「人を使うとか言うなよ。温厚な俺でも怒るぞ。後、吹っ飛ばしたことに対する謝罪はなしかよ」
痛みがようやく退いてきたので、起き上がって文句を言う。それでもまだ身体が痛みでふらふらと揺れる。
「本当にうぬらといると飽きぬなあ」
いつの間にか俺の近くまで来ていたミサナに支えられて何とか倒れずに押し留まる。ミサナの身体はとてもふかふかしていて気持ちよかった。とってもぬくぬくしていて、ほかほかしていて、思わず寝てしまいそうになるぐらい。
「うぬよ、どうした眠いのか? そんなにも我の身体は心地よいか?」
何だか小馬鹿にされるような感じだけど、実際に気持ち良く、心地よかったから反論はできなかった。身体は昨日の痛みやさっき吹っ飛ばされた痛みが蓄積されてまだ抜け切れてはいなかった。
正直言ってまだ横になって居たかった。と言うか寝たい。だって俺ただの人間だぜ。あんな無茶な立ち回りを演じておいてたった一晩で回復する訳ないだろ。
「眠いし、疲れてるんだよ。だから早いとこ結論を出してくれよ」
まあ結論は殆んど出ている。問題は今後どう動くかだ。
「まあとりあえず、王都に向かいましょうか。直接対決で叩きのめす。それしかないわ」
リミルはそう宣言する。まあ相手は圧倒的な力を持った軍勢を持った巨大な帝国の王だぜ。真っ向からやりあっても勝てる訳がない。だったら一対一の直接対決で勝つしかないか。
問題はどうやって其処まで辿り着くかどうかだけど。ああ、もう頭が朦朧としてきた。考えがまとまらない。思考が噛みあわない。
「もう無理だ。少し寝てもいいか?」
起きているのも辛く、ミサナに寄りかかるように、と言うかほとんど倒れ込むようになる。
「別に構いませんよ。この島から大陸への船は明日の昼に出ることになってますから、それまでは家畜のようにそこで好きなだけ休んでいれば良いですよ」
もう文句を言うのすらめんどくさい。そのまま何も言い返さずに俺はミサナを枕にするようにして再度横になった。




