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10話 最弱、島の神と戦う



 無数の氷柱の波を避ける。服を何ヶ所か破くだけで俺の身体には刺さらなかった。


「ここは三十六計逃げるが勝ち」


 こんな化け物と戦う理由は無い。幸いしてさっきの咆哮で俺の周りを囲んでいた狼たちはすでに居なくなった。距離も良い具合に離れることが出来た。


 速攻で踵を返して、木を楯に使いながら走り出す。


「逃がすと思ったか! わっぱが!!!」


 ダンと地面を思いっ切り踏み付ける音が聞こえる。


 そして次の瞬間にはミサナの中心に俺を含めて大きな氷の壁が出来て、そのまま円状に氷の壁が生まれ、退路を断たれる。


「思いっ切り攻撃し続ければ割れるかもしれないけど、そんな暇はないよな」


 後ろからゆっくりとミサナが近づいてくる。逃げる事も出来ない。武器も無い勝ち目はないな。


「まあ、元々勝つ気なんてないけどな」


「勝つ気がなければ、死ぬことになるぞ。それでも良いのならまあさっさと死ね」


 そう言って俺の眼の前に立ち塞がる。


「安心していいぞ。勝つ気はないが、死ぬ気も無いから。精々てめぇに一発ブチ込んでから堂々と逃げさせてもらうぜ」


「精々我を楽しませて見せろよ。わっぱが」


 ミサナは俺に向かって突っ込んでくる。


 速いけど、それでも方向は直線的。これなら避けれる。俺は体の向きを変えながら、ギリギリの距離でかわせる位置に移動し、俺の真横を移動するときに攻撃をしようとした。


 でも攻撃を喰らったのは俺の方だった。眼には見えない何か弾かれ、俺の身体は後方に吹っ飛ぶ。そのまま氷の壁に当たり地面に倒れ、肺の中の酸素を全て口から吐き出し、胃液が込み上げてきた。


でも胃液を吐きだしている暇なんてない。必死で身体を動かす。このままだと追撃してくるミサナにやられる。ミサナはその巨大な爪を俺に向かって振るってきていた。俺は全身全霊の力を振り絞り、何とか転がるようにしてそれを避ける。


「くそが! 一体何が起きてるんだよ!!!」


 俺は喚きながらも身体を急いで起こして、木を楯にしながら距離を稼ぐ。全身が痛い。一体何が起きたんだ? あいつは何をしたんだ。理解が出来なかった。確実に奴の身体触れてはいない。だったら何が俺の身体を吹っ飛ばしたんだ?


「どうしたんのじゃ! でかい口を叩いておいて逃げ惑うことしかできんのか!!! ちっとは男を見せたらどうなんじゃ!!!」


「うっせんだよ! てめぇ何かに見せてやるもんは何一つねえんだよ!!!」


 だったらやってみろと声が聞こえる。氷の壁を破壊することはできない。だから俺がここから逃げるにはあいつの力を破るしかない。でもどうする理解できない力をどうやって破る? この痛む身体でどうやってあいつに勝つんだ?


「でも、後一歩、後一歩で何かが掴める感じがする。切っ掛けがあれば見えてくる感じがするんだ! もう材料は揃っているんだ! あと一つ何かがあれば足りるんだ!!!」


 地面に座り込み、木に凭れ掛りながら拳を叩き落としながら憤る。すでにピースは揃っている気がする。でもそれを組み立てるだけの枠がない。


「痛ぇ。怒鳴り過ぎた。ちくしょう、肺や肋骨が痛ぇ」


 痛む身体をローブの上から摩る。その時に気が付いた。身体が濡れていた。何で腹の部分のローブが濡れているんだ? 背中なら氷の壁にぶつかったのだから濡れているのは分かる。でも何で腹の部分が濡れているんだ? 


 これが枠なのか? これが切っ掛けなのか?


分析しろ。理解しろ。相手の攻撃を読め。この世界の基礎的な事は教わった。今の俺だったら分かるはずだ。こいつが何をしたのかが。


 こいつが使うのは神術。特性はエーテル。こいつが今までに使った攻撃は主に氷を使っていた。


エーテルとは確か俺たちの世界の古代の西洋科学の中の第五元素だと言われていたモノだ。確か、大気の中に含まれているモノだと言われ、神だの宇宙だの胡散臭いモノだったはずだ。でも、それがこの世界には実在しているのか? それとも便宜上そう呼んでいるのか? アリアナの話を聞く限りではおそらく後者だろう。


 だったらその正体は何だ? 大気の中には様々な物質が含まれている。もしエーテルと呼ばれているモノがそれらの物質を操る力だとするなら、神術とはすなわち物質を操ることが出来る力のことか。


 神術とは訳が分からないとアリアナは言っていた。それから推測されることは一人一人固有の能力があり法則性がないことだと思う。だったら扱うことが出来る物質が違うんじゃないか?


「氷。エーテル。元素。神術。この世界では理解できない法則。大気。状態変化。酸素と水素。不可解な力。不可視な力。濡れていたローブ」


「何をブツブツ言っておるのだ? 大口を叩いておいて壊れたか。まあ、だったら一思いに殺してやろう」


 ミサナは俺の前に立ち、再度大きな氷柱を俺に向かって放ってくる。俺はそれを最小限の動きでかわす。そしてそのまま真っ直ぐミサナに向かって行く。


「理解した。お前の能力は酸素と水素で出来た水分子を操ること。空気中の水分子を操って気体だった水蒸気を固体の氷になるまで分子運動を減らす事で氷柱の状態を形成したり、地中の水分を操って氷の壁を生みだす事が出来る。それがお前の能力だ」


 俺の身体が吹っ飛んだのはあいつの周りにだ小さな眼には見えな程の極小の氷や水の粒が大量にあり、それに弾かれたんだ。


 そして至近距離までミサナ近づいて、そのまま拳を振り下ろす。


「種が分かったからと言ってうぬに勝ち目があるとは思えんぞ!!!」


 俺の拳を避けて、再度氷柱を放とうとする。


「種が分かればこういう事が出来るんだよ!」


 氷柱を生成する瞬間、一瞬気体から液体になる。そこに蹴りを放つ。


「なっ!!!」


 水は氷柱の形になる前に散り散りになり、ボロボロと地面に零れていく。


「驚いている暇はないぜ」


 氷柱を蹴り飛ばした足でそのままミサナの身体を蹴り飛ばす。


「うぐぅううう!!!」


 無理な体勢で避けようとしてミサナはバランスを崩し、倒れ込む。


 俺はその隙にそのまま地面に落ちた氷の塊を拾い、それを何発から倒れたことで生まれた土煙りの中に投げつける。


「舐めるなよ! このわっぱがぁああああ!!!」


 土煙りの中から強烈な咆哮が俺に向かって放射される。俺が投げつけた氷の塊は空中で四散し、俺の身体も空中に投げだされそうになるのを近くの木を支えにして何とかして耐える。


「確かに口だけでなくうぬは出来るようだが、所詮その程度。弱者の浅知恵でしかないぞ!」


「弱者の浅知恵か。言ってくれるじゃねえか。俺はなあアリアナみたいに剣術ができるわけでないし、姫様みたいに魔術が使える訳でも、ましてやお前のように神術を使って戦う事も出来ねえんだよ」


「だったらうぬには何が出来るんだ! 何一つ出来ず、何を誇って生きるのだ!!! 答えてみせろ、唯一黒を持つ者よ!!!」


俺は視線を一切奴から離さずに言う。これが俺がこの世界で生きていく為の覚悟であり決意だ。


「俺は俺なりの戦い方があるんだよ。てめぇらチートどもには分からないだろうけどな。最弱には最弱なりの戦い方があるんだよ。てめぇが弱者の浅知恵だと言った戦い方が俺の戦い方だ。それが俺が誇って生きるモノだよ。どれだけ惨めでもこの戦い方で俺はてめぇに勝つ」


 どれだけ苦しくても、惨めでも、これが俺が出来る唯一の戦い方だから。最弱な俺が唯一出来る事だから。


「てめぇが何て言っても俺はこの戦い方を貫いて生き残る」


 俺は走り出す。


「また逃げるか! そう何度も同じ手を喰うか!!!」


俺の進路を断つように、氷柱を放つ。俺は急停止して、瞬時に踵を返しミサナの方に今度は全力で駆けだす。


「同じ手を何度を使うほどを俺は馬鹿じゃないし。それに俺が使う手は何時も勝つ為の一手だ」


 俺の行動に合わせて瞬時に氷柱を飛ばしてくる。でも、それは余りにも読み易い気どうだった。俺は氷柱の波を真正面から掻い潜り拳を振るう。


「そう易々と攻撃を通すと思っておるのかぁああ!!!」


 俺の拳は眼には見えない壁のようなモノに激突し、拳から血が流れる。


「舐めんじゃねぇぞォおおおお!!!」


 四肢を全て使った猛攻。殴る拳や蹴る脚から血が出る。拳や脚が炎を帯びたように熱い。それでも攻撃を止めるつもりはない。


「そんな事をしたところで我の氷の楯は割れはせんぞ!!!」


「確かに氷のままならな!」


 次の瞬間、俺の拳は見えない壁をブチ破り、ミサナの身体に激突する。


「うぐッ!!!」


 ミサナは俺から距離を取る。俺は攻撃を止める。


「うぬは一体何をやったんだ! その壁はうぬが徒手で破壊できるほど生易しい強度ではないぞ! うぬは慶術も魔術も神術も使えないはずではないのか!!!」


「使えねえよ。何度も言わすな。俺は弱いんだよ。特殊な能力は一切持ってないんだよ。それでも勝つ事は出来るんだよ」


 さっきの氷の壁だって、凍ったままだったら割る事は出来ない。だから俺の血液と体温で少しずつ溶かしていき、強度を下げてからブチ抜いた。


 そのために血が出ても攻撃し続けたんだ。おかげでまだ両手両足が痛むけど、骨は折れてはいない。俺はまだ動ける。


「死ね。もういい正体を暴くとか化けの皮を剥ぐとかもうどうでもよい。我は純粋にうぬが嫌いだから殺す。死ね」


 そう言い切ったミサナの身体がブレた。次の瞬間には俺は全身に強烈な痛みを感じていた。


そして俺の身体が後方に吹っ飛んでおり、後ろの氷の壁に激突し、身体が地面に倒れ込む。そして目の前には何かをしたミサナは立っていた。


「これが我の本気だ。うぬのような小童に本気を出すのも忍びないと思ったが、もはやうぬは本気を出すに値するだけの敵だと我は認識した。光栄に思え我が敵だと認識した人間など片手の指の数にも及ぶまい」


 そう言って俺の身体の上に爪を立ててくる。俺の身体に刺さらない程度の力で爪を立てる。こいつは俺の命を弄んでいる。立ち上がったり、逃げ出そうとしたりしたらすぐにでも命を取るぞ、そういう意思が見える。


 あいつが何をやったのかは大体想像が付いている。でもやられるまで、あんな移動法があることに気付かなかったのは俺の落ち度だ。


「原理は状態変化による体積変化か。自然現象としては水蒸気爆発が近いモノかな」


「何をブツブツ言っているのだ? それともその状態でどうやって反撃するのだ?」


 俺の背中に爪の先端が軽く刺さる。痛い。しかし呻くことも出来ない。必死で地面を掴み痛みに耐える。


「声一つ上げんか。まあ、根性はある男だと思っておったからな。とは言ってもどれだけ耐えることが出来るかのう」


 再度、俺の背中に爪を立てる。今度は浅くはない。


「うぅぅぅぅぐぅぅぅ!!!!」


 歯を食いしばって、その痛みに耐えるも口からうめき声が漏れだす。


「さすがにこれだけ痛みつければ声の一つも出るようじゃな。さてと次は如何してくれようか。腕を捥いでやろうか。それとも脚を捥いでやろうか。一思いに頭を喰ろうてやろうか。いや、それではうぬが苦しむ姿を見れんからな」


 その言葉に俺の全身の血が異様なまでの速さで駆け巡るのが分かる。頭に血が上る。地面に付いた両手両足に力が入る。


「うがァああああああああ!!!!」


 そして握りしめた拳と脚で地面を蹴り一気に飛び起きる。その時に背中に刺さっている爪ごと身体を持ち上げた所為で俺の背中から肩まで大きく傷口が広がる。


 痛みに耐えながら、一歩後ろに引き、ミサナと距離を取る


「いい加減にしろよ。クソ犬が。容赦なく殺すぞ」


 アドレナリンが異常なまでに分泌されているのか、全身の感覚が鋭敏になり気配や殺気を全身に感じる。


「はははっははは!!! 本当に面白い。最高じゃぞ。傷付くことを恐れず、只ひたすらに生を渇望する。そんな化け物みたいな生き方をするような奴はそうそう見られんぞ。うぬのような奴は本当に久しぶりじゃ! 本当に久しぶりに喰らいがいがある獲物じゃぞ!!!」


 ミサナが放つ殺気を全身で感じる。肌を刺すような強い圧力を感じる。


「うっせんだよ。喰われるのはてめぇの方だ!」


 拳を握りしめたままミサナに向かってその拳を振りかぶる。


「やれるものならやってみろ! これで終わりじゃ!」


ミサナは拳の上からさらに氷で出来た刃をその拳に纏い強力な二重の爪を俺に飛びかかりながら俺に振り下ろしてくる。


「ああ、確かにこれで終わりだ」


 俺の拳はミサナの顔面ギリギリの所を空振り、ミサナの爪は俺の肩を大きく引き裂いた。


「ぐぁあああああ!!!」


 そして呻いたのはミサナの方だった。


「うぬはこうまでして勝ちたいのか! 拳を振るうと見せかけて相手の眼に砂をかける(・・・・・・・・・)ような真似までして勝ちたいのか!」


 眼を潰されてよろめいたミサナの顎に向かって俺は脚を蹴り上げる。


「俺は別に勝ちたい訳じゃない。ただ死にたくないだけだ」


 顎を蹴る抜いた脚でそのまま鼻先踵落としを食らわす。


 そしてミサナはゆっくりと倒れていった。


「クソ! 身体がふらついて立つことが出来ん! うぬは一体何をしたんだ!」


「説明。面倒。一言で言って脳震盪」


 顎の骨は頭蓋骨の一部である。其処を思いっ切り振動を与えてやれば自然と脳も揺れて勝手に脳震盪を起こす。


 なんて説明してやるほどを俺は優しくないし、それよりも俺もかなり怪我がヤバい。 アドレナリンが切れかけて痛みは増してくるし、血を流し過ぎたのか身体がフラフラする。


 幸いしてミサナが倒れた事で周りを囲っていた氷の壁は破れている。


「あーああ。さっさと宿に帰って寝よ」


 そして俺はボロボロになった身体を引きずるようにして宿に帰って行った。





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