Act1:天才少年と魔法学校
ヴァイゼン・イシュバリオにエーアリヒ魔法学校への潜入任務が言い渡されてから数日が過ぎ、当の魔法学校では今年度の新入生を迎える入学式が行われようとしていた。
エーアリヒ魔法学校は首都デュナスティアから遠く離れた田舎町、エーアリヒの中心にある。
田舎とは言ってもエーアリヒは魔法文化の盛んな町で、当のエーアリヒ魔法学校も名門と呼ばれる学校の一つ。新入生の数も五百を越える。
そんな多くの新入生達は今広大な学校の一角に集められており、その中には当然ヴァイゼンの姿もあった。
「魔法学校か……名門だって聞いていたけど、周りの連中からはそれほど大きな魔力は感じないな」
ヴァイゼンは退屈そうにしながら、出発前にフライエから渡された指令書を眺める。
フライエの話によれば、今年度の新入生の中に凶悪な魔法使いが紛れ込んでいるとかいないとか。
ヴァイゼンは一応周囲を警戒するも、そういった邪悪な魔力は感じない。
最も、そんなものを発していれば、自分でなくとも学校の教師陣が気づくだろうが、高位の魔法使いともなれば、体外に放出される魔力を一定量に抑え、周りに気付かせないようにすることなど容易。当然、ヴァイゼンも目立たないようにそれを行っている。
ヴァイゼンが周囲への警戒を続ける中入学式のプログラムは順調に進んでいく。
最後に学校長からの割とありふれたお言葉を頂き、今年度の入学式は何事もなく終了した。
集まった新入生達はそれぞれ入学式前に発表された自分達のクラスに向かい、ヴァイゼンもそれに習おうとしたところで、後ろから声をかけられた。
「ヴァイ! 久しぶりじゃないか」
「…………レスター?」
呼びかけた青年はヴァイゼンの元に歩みより、整った顔立ちを少し崩して微笑みかける。
きちっとしたスーツがよく似合っており、女生徒からの人気が高そうな爽やか系のイケメンといった印象。
「レスター、まさかあんたも?」
「キミの想像通りさ。最も、僕は去年からだけどね」
このレスターもヴァイゼンと同じく、リカードに所属している魔法使い。
魔法学校ではなにかとトラブルが多い。その為リカードから腕の経つ魔法使いが派遣されるのはよくあること。 リカード所属の魔法使いは例外なく高い実力を持っているので、教師として職についても違和感はないのだ。
「けど、まさかキミが、それも生徒としてここに派遣されてくるなんてね、どういうことだい?」
「知るか。俺だって好きで来たんじゃないよ」
「まぁまぁ、せっかくだから学校生活を楽しんでみたらどうだい? 学校、通ったことないんだろう?」
「くだらない。さっさと任務を完了してリカードに戻るさ」
「そういえば、キミの任務ってなんなんだい?」
言葉で説明するよりも見せた方が早いと、ヴァイゼンは懐から指令書を取り出してレスターに手渡す。
「……なんだか、イマイチはっきりしない任務だね。要はなにか悪い事が起こるかもしれないから警戒しておけってこと?」
「だから俺が知るかよ。ま、何事もなければリカードから帰還命令が出るだろ」
「んー、そうだね。去年もここは随分と平和だったし」
その後少しの間レスターと世間話をした後、予鈴を合図に別れ、ヴァイゼンは自分が割り当てられたクラスに急いだ。
本意ではないとはいえ、学業を疎かにしては不真面目な生徒として目立ってしまう。
単独での任務が初めてだとは言えど、任務中の行動の基本はしっかりと心得ている。
――自らが所属することになるクラス、1―Gと書かれた教室の扉を開けると、中には既に三十人ほどの生徒の姿があった。
男女比率は3:7ほどで女子の方が高く、やはりそれほど強い魔力は感じない。
「えっと、俺の席は……」
教卓後ろのブラックボードに書かれている座席表と自分の生徒IDを照らし合わせ、中央後ろから二番目の席に腰掛けると、すかさず隣の席に座る男に声をかけられた。
「よっ、俺はクライス。クライス・ブライエン。お前の名前は?」
「……ヴァイゼン・イシュバリオ」
「ヴァイゼン……ヴァイって呼んでいいか? 俺のことも好きに呼んでいいから」
「好きにしろ。それよりなんか用か?」
「いや、特に用はないんだけどよ、せっかく隣の席になったんだから仲良くしようぜ。それに……お前、タダモンじゃねぇだろ。上手く隠してはいるけど、ちっとばかし魔力が漏れちまってるぜ」
「…………へぇ」
ヴァイゼンは素直に感心した。
目の前の少年は一目で自分の実力が飛び抜けていることに気づいたのだ。
魔力は目に見えるようなものではないので、それは純粋にクライスの知覚が優れていることになる。
「はいはい、皆さん席についてください。ホームルーム始めますよー」
それからしばらくして、1―G教室に担任教師が現れそう告げる。
現れたのは先ほどの爽やか系イケメン、レスター・バークライド。
「レスターが担任って……マジかよ」
ヴァイゼンは頬杖をつきながら呟き、肩を落とす。
「えー、まずはそうですね、皆さんに自己紹介でもしてもらいましょうか。あまり時間もないので名前と、簡単な自己アピールだけでいいよ」
レスターの指示で先頭に座る女子が立ち上がる。
「えっと……フェリア・スティードです。皆さんよろしくお願いします」
小さめ身長に似つかわしくない長い真紅の髪が特徴的な少女。腰にはこれまた身の丈ほどもある長い刀を差している。
「――――です。特技は……」
順番に立ち上がって自己紹介をしていく生徒達。
そして隣のクライスが終わり、ヴァイゼンの番
「ヴァイゼン・イシュバリオ。得意魔法は氷結系。よろしく」
なんの面白みもない自己紹介。レスターもこれにはやや呆れ気味だ。
「――――です。よろしく」
「はい。全員終わりましたね。では次に、今から配るプリントに目を通してください」
レスターがそう言って手を掲げた瞬間、生徒達の前に一枚のプリント用紙が現れる。
「ここでは基本的に六人一組のチームで行動してもらいます。今配ったプリントに僕が独断で決めたチーム分けが書かれていますので、席を立ってチームごとに集まってください」
そう言われ、ヴァイゼンはプリントの中から自分の名前を探す。
自分の名前が書かれた欄には、隣の席に座るクライスの名前もあった。
「お、ヴァイも同じチームじゃんか。んじゃここに集まってもらうか。おーい! チームBの奴はこっちに集まってくれー」
声を張り上げて手を振るクライス。
目立つのを避けたいヴァイゼンにとっては、率先して動いてくれるクライスが同じチームにいるのは幸いだったかもしれない。
集まったメンバーはヴァイゼンとクライス以外は皆女性。
女子率が高いクラスなのでどこのチームも似たような割合だ。
「ちゃんとチーム別で別れましたかー? 次の時間から授業はチームごとに取ってもらいますので、残りの時間でよく話し合って決めてくださいね」
そう言い残して教室を出ていくレスター。
このエーアリヒ魔法学校では始業時と修業時に行われるホームルーム以外の時間は基本的に自由。
チームごとに予定を決め、各所の専門教室に赴いて修行に励み、定期的に行われる能力テストで結果を出して単位を取るシステムになっている。
「授業開始まではまだ時間があるし、改めて自己紹介しとこうぜ」
チームBのメンバーを集めてクライスが提案すると、無関心のヴァイゼン以外は快く頷いてくれた。
「じゃあ私から。フェリア・スティードです。魔法はあまり得意ではないので、前衛に置いてもらえると助かります」
実戦テストも当然チームごとに行われるので、メンバーの得手不得手を考えて配置するのが一般的。
前衛はその名の通り、剣などの武器を用いて戦う者のポジションだ。
「ユーティリア・レフティスです。よろしくお願いするです」
フェリアも小柄だが、ユーティリアと名乗った少女はそれよりも更に小さい。
入学試験さえ通れば年齢不問の学校なので、もしかしたらヴァイゼンよりもずっと年下なのかもしれない。
「アリカ・イングヴァルトや。よろしゅう」
ショートカットの活発そうな印象を受ける少女アリカ。
見たところ装備は見当たらないが、性格的には前衛向きに見える。
「エーリカ・ツヴァイでーす! よろしくネ」
桃色の頭髪と弾ける笑顔が印象的な少女エーリカ。
アイドル気質というやつだろうか。前衛には見えない。というか魔法使いには見えない。
「俺はクライス。それでこっちが――」
「ヴァイゼン・イングヴァルトだ」
ヴァイゼンが名を名乗ると、測ったかのようにホームルーム終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「みんな、これから一年よろしくな」
女性陣と握手を交わしていくクライス。
最後に目の前に差し出されたその手を、ヴァイゼンは戸惑いながらもしっかりと握ったのだった。