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Episode1. ― 回想

 秋は、天空を澄み渡るような藍に染め上げて、草原や木々を数多の黄金で彩り遊ぶ。

 それが過ぎれば冬の訪れ。人々は家畜を、寒風は人々を山肌(冬営地)に追い立てて、冴ゆる風を耐え忍ぶ。そして、砂塵舞う春が来れば、次いで潤いの夏が、また秋が。冬が――。


 ――幼い私は、それを世の唯一なる(ことわり)と信じていた。大空があまねくものを覆うように、いずれの地でも変わらない普遍の摂理と。

それほどまでに幼子()の背丈は小さく、辺りを見渡す事すらままならなかったのだ。


……ぁ…今は、違うがね。



 「御上(・・)。長らく、お預かりしておりました。」


今、世界は手のひらに。それを握れば、私の掌中に。


「こちら、玉璽(・・)にございます(・・・・・・)。」



 これは、私と()の物語。

魔王の孫娘と勇者の孫、世代を越えた因縁の結末。


我がかけがえなき仇敵(・・・・・・・・)と過ごした……あの日々の記憶――。














 ――いにしえの時代、山々の果てに帝王が興った。

帝王がザカタ川のあまねくを従えて……ある一つの〝文明〟を形作ると、数百年に及ぶ勝利と狂乱の時代が訪れる。


 次第に、栄華極まる文明は〝世界そのもの(世界帝国)〟へと昇華されてゆく。

比較対象(他国という概念)は忘れ去られ、アイデンティティ(帝国という自認)が解けてゆく。


 そうして、文明は滅んだ。少しの衝撃で、互いが互いを喰らい合った。

あとに残されたのは、黄昏の時代(新たなる時代)に生きようとする〝征服者(魔族)〟と、留めなく綻んでゆく中興の時代(蘇りたる時代)に…永く…永く在り続けようとする〝延命者(人間族)〟である。











 薄っすらと蒼い夜空に、小綺麗な三日月が浮かんでいる。春雲(しゅんうん)は素早く横切って、時折、御月様が顔を見せるのに、彼女()は私の足元を照らすことなく――。


 太陽と違って、どうしてあれほどケチなのでしょう。

特に春夜は雲ばかり、月は隠れて現れてを繰り返す。それなら、休める時間だってあるはずなのに。

 でも、どうか強く照らして欲しいの。まばゆい三日月の良い夜に、足元が真っ暗なんて……そんな悲しい事はないですから。


……。


 気持ち悪い(・・・・・)。死んでやろうか。月夜の良さを感じられるだけでも、今回の沈み(・・)が浅いと分かる。こんな風に、暗い気持ちが続くのはいつもの事。そういう数日間もあるし、そうでない数日間もある。でも、今回は辛い。特に辛い。浅い(・・)ほんのり暗い(・・・・・・)軽い(・・)のです、症状が。それが今回の病なのでした。

 ただ、気持ち悪いだけ。悶え苦しむほどに猛烈な頭痛も、凍てつくような胸元から手首にかけての痛みも、何も。ただ、気持ち悪い。それだけ。無い(・・)

それが辛い。自分が自分じゃないみたいで、気の狂いそうになるほど辛い。

 ずっと寝れなくて……澄んだ空気を吸おうと、中庭へ歩み出たのだけれど。


これが…とても孤独で――。


 ふと、耳にしたのです。その……戸棚を開けて、何かを取り出し、それを閉じて、歩む。……そういった音(生活音)を。それなのに、誰の姿も見えなくって。それでいて、室内の生活音が嫌でも響いてくる。まるで…この世でただ一人彷徨っているような、酷い寂しさを感じてしまった。


 皆、夜が怖いんです。

人は『夜』を得体の知れぬもの(・・・・・・・・)――【魔族(ナクラデナ)】だと、そうのたまって……外に出たがらないのが普通なのです。例え塢壁うへきの内側だったとしても、魔族の類(妖怪変化)は容易に壁をよじ登って中庭へ入り込めるものと、信じている。


 ……かく言う私も、闇夜を怖がらない訳ではありませんけれど。





……。








 「旦那様。夜分…遅くに、如何なさいましたか。御散歩でしょうか。」

あいつ(・・・)をずっと見ていないと。」

御散歩なんて…そんな大層なものじゃないよ。

いや、大層なんかじゃ…何が大層で何が…。


 「……と…仰いますと…?」

「あいつだよ。」

今朝、私の首を(・・・・)刺して(・・・)きやがった(・・・・・)、それで何か産み付けたんだ。そう思う。前にもあった。多分。

 蛇みたいに(・・・・・)身体を(・・・)しならせて(・・・・・)人の身体(・・・・)を貫き飛び回ってる(・・・・・・・・・)。搔きむしっても離れないし、掴めない。痛いわけでもないけれど、気持ち悪いの。

 「旦那様、どうか御部屋にお戻り下さい。御身体が凍えますゆえ。」

「お前の試みは知っている。」

「…は…?」

見えてるんでしょう。ねぇ。見えてるんでしょう。あいつ(・・・)に目が無いからって、見えていないなんて分からない。暗闇から見ているんです。私達の隙を窺って…一息に刺し殺すつもりなんです、あの鋭利な()で。


 「見なさいよイリトナ。あの木(・・・)、私達を刺そうとしてるんだ。」


 三百年前、学者エケトカナイは『博物基書』で「動くものを動物、動かないものを植物」だと定義していたけれど、それは間違っている。

 植物(あれ)は動くんです。誰も見ていない間に。それで私達の首筋に枝を突き刺して、何か人ならざる(すべ)を用いて操るんです。それでも人前では正体を隠しているから、決して誰にも気付かれない。どんなに慧眼な博学者であろうとも。

 でも……でも私は違う、私は人形だから(・・・・・・・)

そう、人形なの。私は生きていない。多分、父か母が巫者に頼んで作らせた人形(・・)。生きていないから、私は植物(彼ら)から半分ほど仲間だと思われている。それで木々や草花(あいつら)は私が見ていても凶行に及ぶの。


 「……あ、あぁ……そう…でございますか。」

「見張らなきゃ。」

「……。」

皆には見えていない。皆、首筋に触手を埋め込まれたり、匂いを吸わされていて、植物に操られている。都合の良いように、花を愛でさせたり、水をあげさせたり。だって、木とか花とか(あんなの)普通は怖いじゃない。ずっとこっちを見てるのに…。

 「……旦那様。それなら、逃げましょう。」

あいつら、みんな私を襲おうとしているに違いないの。誰も気付いていないだけで、いつか皆を食べようとしてる。

逃げれば(・・・・)宜しいのです(・・・・・・)。旦那様。」

見張らなきゃいけない。笑ったって無駄。笑った。笑って。笑ってる。

なんで、なんで笑って、なんで笑ってるの。どうして。

「旦那様は常に…その……戦って(・・・)おられますが、背面に必ずしも障壁が存在している…という訳は…その…ございませんから。逃げても宜しい時に、逃げたくなれば、逃げても宜しいのです。」

花、花だ。あんなところに咲いて…なんで。怖い、来ないで。怖い、やめ、やめて…ぇ……ぁ…ぁ˝ぁ˝…。


「……旦那様。」










 ……勇者の孫は、狂っていた。

心を病んだ勇者の孫が魔王の孫娘にオトされるまで。

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