逆行した悪女ですが、何か起こる前に殿下が全て解決してしまった。
楽しくなっちゃってちょっと追記しました!
目が覚めた時。
私は一ヶ月前の学園の中にいた。
首には冷たい刃が食い込んだ感触がまだ残っていた。
私は――確かに死んだはずだった。
断頭台の前に立たされ、民衆から激しい批判を浴びて、首を刎ねられたはずだった。
『聖女』ベリンダを殺そうとした罪。
それが私が殺される理由だった。
けれど私はそんな事はしていない。
『聖女』という立場を利用し、王太子の婚約者という立場を狙っていたベリンダに嵌められたのだ。
逆行してきたこの瞬間、学園の廊下の真ん中で悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたいと思う。
状況整理の為に周囲にいた知人に現在の日付を確認した私は、何とか平然を装いながら、一人で落ち着ける場所を探して歩き出した。
しかし目的地へ辿り着くより先……私は声を掛けられる。
「シンディー?」
振り返ればそこには我が国の王太子、ライナス様がいた。
ライナス様は、私の婚約者。
しかしベリンダが聖女としての力に目覚めてからというもの、私はライナス様に相応しくはないという噂、そして私がベリンダを虐めているという噂が瞬く間に広がった。
ライナス様はそんな噂で私を嫌う事はなかったが、それでも一周目の私はとても後ろめたさを感じていた。
……一周目、私の処刑が決まった時、彼は傍にはいなかった。
我が国は長年隣国と戦争をしている。
ライナス様は剣と魔法に優れたお方で、民からの信頼も厚く、戦況を変える為にも兵を鼓舞する為にも戦に出る事になったのだ。
そして戦が終わった直後。
私の刑は執行された。
彼の帰国を待たずして私は死んだのだ。
私の死と罪状を知った彼はどう思っただろう。
大勢と同じく私を悪女として嫌悪しただろうか。
そんな考えが過り、胸が痛んだ。
「……ライナス様」
彼は数日後には戦場へ出てしまう。
そしてそれから一週間と経たずに私の立場は悪化し、あっという間に私は悪女に仕立て上げられるのだ。
愛する人の姿を視界にとらえた瞬間、瞳が潤む。
何とか誤魔化そうと俯いたけれど……きっと、上手くできなかったのだと思う。
ライナス様はハッと息を呑むと、私の頬に触れた。
そして私の目元を優しく指で撫でながら問う。
「誰?」
「……え?」
「誰が君にそんな顔をさせた?」
真剣な面持ちだった。
既に流れているはずの周囲の悪評など全く気にも留めないような、そんな顔。
「最近の噂か? それとも――『聖女』か?」
聖女。
その言葉に顔を強張らせれば、ライナス様の顔に怒りが滲む。
「わかった」
彼はそういうや否や私から去ろうとする。
「少し待っていてくれ」
その言葉を聞くと同時に私は我に返った。
……「わかったって、何が?」と。
現在のベリンダはまだ派手な動きを見せておらず、私を陥れようとしている証拠すらない。
だというのに今から何をしに行こうとするのか。
いや、きっとベリンダを叱責するなり、罰するなりするつもりなのだろうが、そんな風に王族としての権力を振りかざせば彼がこれまで積み上げてきた民からの信頼が崩れかねない。
「お、お待ちください、ライナス様……っ!」
「何故? 彼女が君を傷付けているんだろう」
「ち、違うのです」
少なくとも、私が怯えているのは今の彼女ではなく――未来の彼女の行いだ。
そう思い咄嗟に否定した私だったけれど、ライナス様はあまり信じてはいないようだった。
そして詳しく話してくれと無言で促された私は――逆行について彼に打ち明ける事にした。
突拍子もない事を話している自覚はあった。
だというのに、彼は真剣に……そして話が進むたびに表情を険しくさせて聞いてくれた。
「……やはり殺してしまおう」
「ら、ライナス様……っ!」
「今できないというのならば、彼女が尻尾を出し始めるという一週間後まで待てばいい」
「いけません。戦はライナス様にとっても民にとっても重要な意味を持ちます」
「だが」
「ライナス様。私は……大丈夫です。貴方がこんな話を信じてくれただけで、充分なのです。それに……一周目の知識がありますから、打てる手もきっとあるはず。自力で動いてみます」
「……シンディー」
私はライナス様の手を握る。
「だからどうか……無事に帰ってきてください」
「…………ああ、わかったよ」
ライナス様は顔を歪めながら、私を強く抱きしめる。
「無事に、そして出来るだけ早く、戻るさ」
「ありがとう、ございます」
彼の気遣いが嬉しくて、私は笑う。
けれどその言葉がどれだけ本気のものだったのか、私はわかっていなかった。
***
一週間後。
「ひどいです、シンディー様!」
何もしていない私の前で派手に転んだベリンダが、涙を流しながらそう訴える。
――来た。
ここから、ベリンダは堂々と私に罪を擦り付けようとしてくる。
一周目の私は、それに対処しきれず、上手く弁明も出来ず……死ぬ運命を辿った。
けれど今は違う。
私は……一周目の私ではない。
そう自分を奮い立たせる。
周囲では「まさかこんな場所で聖女様を甚振るなんて」などという声が聞こえて来ていた。
しかし、負けてやるつもりはない。
私は一週間で練りに練った対策を使うべく、口を開いた。
その時だった。
「これはどういうことだ」
「……え?」
集まる生徒達の中から一人の青年が姿を見せる。
――ライナス様だった。
彼は側近も連れ、涼しい顔で私の前に立った。
「ら、ライナス殿下……っ!? 一体何故――」
「何故? そんなもの決まっているだろう。私の役目が早々に終わったものでね」
ライナス様は聖女ベリンダの問いを鼻で笑い、それから私を抱き寄せた。
「――愛しの婚約者が悪意に害される前に、舞い戻っただけの話さ」
……いや。まだ戦の勝利の報せすら届いていないはずなのですが。
混乱している私は内心でそう突っ込まずにはいられない。
「それで、話の続きだが。私は側近や複数の生徒と共にシンディーの様子を陰から窺っていた。……彼女に悪意ある噂を流す者の存在は知っていたからね。そうすれば……どうだろうか。彼女の前で自ら転んでおきながら、その罪を着せようとする道化の姿があるではないか」
ベリンダの顔が真っ青になった。
証人はライナス様以外にもいる。
そもそも、王太子であるライナス様の言葉が偽りであるなどと主張できる者はこの国にはいない。
「ち、違うのです、ライナス殿下! 私、勘違いを――」
「未来の王太子妃への冤罪が勘違いで許されるとでも? 王家も随分と舐められたものだな」
「そんな事――」
「この女を捕らえろ」
「で、殿下……っ!」
「崇めずとも、機嫌を窺わずとも、聖女が悪しき存在であろうとも、その力を使う方法などいくらでもある。――家畜のようにな」
そう吐き捨てるライナス様の前で、ベリンダはあっという間に捕らえられた。
ライナス様と対峙してまで彼女の肩を持とうとする者はいなかった。
その場には、彼女の悲鳴だけが響くのだった。
***
「……滅茶苦茶ですよ」
「そう言わないでくれ。さっさと戦を片付け、誰よりも早く君のもとへ駆けつけたんだ」
騒ぎの後。
誰もいない教室の中で私はライナス様を咎める。
しかし当の本人は笑顔で、私から褒められる事を待っていた。
「……無茶をしたのでしょう」
本来ならば一ヶ月かかる戦を数日で終わらせた。
裏を返せば、それだけの力があるのに一周目でそうしなかったのは――危険をなるべく回避する為に慎重に動いていたという事に他ならない。
それが分かっていたから、私は彼をじとりと睨んでしまった。
「さあ、どうだろうね」
「ライナス様……」
にこにことしたまま白を切ろうとする彼に私は困り果てる。
救ってくれたことは嬉しい。心から感謝している。
けれど……もし、私のせいで彼の身に何かあったかもしれないと思えば、と思わずにもいられない。
私が顔を曇らせていたせいだろう。
ライナス様は苦笑しながら私の腕を引く。
「シンディー」
そして私を優しく抱きしめながら、頭を優しく撫でてくれた。
「君が私を想ってくれている以上に、私は君を想っている。……君の身に何かがあれば、きっと私は正気ではいられなくなる。だからどうか、私の中の君の価値を疑わないでくれ」
「でも」
「でもはない」
彼は未来の国王で、私は一令嬢だ。
そう言いたかったのだけれど、それは認められなかった。
「君が死ねば、私も死ぬよ」
とんでもない言葉が耳に届き、思わず顔を上げる。
すると、至近距離からライナス様と見つめ合うような形になる。
彼はくすりと笑う。
優しく細められる目元、その視線。
……彼の温かな想いが嫌でも伝わって来る。
「……で、でも」
また、ライナス様が私の声を遮ろうとする。
けれど今度はそれより先に私は続けた。
「っ、でも…………私はきっと、ライナス様が私を想っている以上に、ライナス様を、あ、愛していますから……っ! だから無茶とか……死ぬ、とか、は……絶対に、やめてください」
ライナス様の目が見開かれる。
彼は暫し瞬きを繰り返した後プッと吹き出した。
そして
「……わかってないなぁ」
「へ?」
「いいや、君はそのままでいいよ」
私の恐ろしさなんて知らないままでいい――そんな事を言いながら彼は私の唇を奪った。
彼から注がれる愛情に満たされていく。
やがてゆっくりと唇が離れていった機を狙い、私は「ライナス様は恐ろしくなんかないですよ」と言った。
けれど何故か彼は満たされたような顔で、無邪気に声を上げて笑うだけだった。
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