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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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いらないもの

作者: 有梨束
掲載日:2026/03/17

ああ、そっか。

自分にとっていらない人間は、消せばよかったんだ。



さっきまであったはずの建物がなくなった場所の真ん中で、土の上に倒れている自分の体を確かめた。


手足、ある。

頭は痛いけど、生きているみたいだ。


今のは、なんだったんだろう。

大人たちは、どこ行ったんだ?


いつものように闘技場で戦わされて、なのにまた飯がもらえなくて。

だから番人を睨んだら、いつも通り殴られて。

こいつら全員いなくなったらいいのにって思ってたら、なんか体の中で何かが暴れ回って。

それで、…それで気づいたら、今、こんな。


体を起こして辺りを見回すと、檻どころか何もなくなっている。

ただ大地が広がっているだけで、人も建物も何もない。

戦闘奴隷がみんなぶち込まれていた汚ねえ寝床も、廊下も、競技場も、観客席も、何もなくなっている。

同じ奴隷の奴らも、俺らを甚振っていたあいつらも、いなくなっている。

すべてのものが吹き飛んだみたいに、更地になっていた。


どういう状況かわからないけど、外って、こんな感じだったのか…?


首を触ると、鎖もなくなっている。

よくわかんねえけど。


「逃げていいってことか…?」

俺は近くに落ちていたナイフだけ持って、当てもなく歩き始めた。



3か4歳の時に親に売られて、いつの間にか闘技場の戦闘奴隷になっていた。

親の顔なんか覚えてもねえくらい、闘技場に長くいたと思う。


フラフラと歩いていると、建物が見え始めた。

売られる前にいた集落って、こんな感じだった気もする。


腹減ったな…。


道が見えてきてそこを通っていくうちに、横に建つ家から人が出てきた。


何かあったら、ナイフで刺さなきゃ。

そう思っていたけれど、年寄りのジジイは俺を見るなり驚いていた。


「坊や、どうしたんだい?ボロボロじゃないか」

「…」

「ちょっと、婆さん!来ておくれ!」

家の方に呼びかけると、ババアが出てきた。


「なんだい、うるさいのう」

「この子、ボロボロなんだよ!シャワー貸してやらんと」

「おや、まあ!服、あったかしらねえ」

「坊や、よかったらうちにおいで。飯食うか?」

「…飯」

「おうおう、もてなせるほどもねえが、食っていきな」

「飯は食う」

招かれるままに家に入って、身綺麗になって、ボロ着から息子のお下がりというものに変わって、飯をもらえた。


皿にいっぱいの飯をはじめて見て、がっつくと「ゆっくりお食べ」と言われた。

ゆっくり食べたら、他のやつに取られちまうじゃねえか。

でもジジイとババアは、俺の飯を取る気配もなかった。


「それにしても、こんな片田舎にどうして来たんだい?」

敵意は感じられなくて、飯もケチらずくれた。


「奴隷商から、逃げてきた」

「…そうかい、よく逃げてこられたね。無事でよかったよ」

「たんとお食べ。行くところがないなら、うちにいればいい」

ジジイとババアは、なぜか弱々しく笑った。


うちにいればいいって、なんだ?


「どこかには、行く」

「そうかい?街に行くにしても、金がないとねぇ」

「金ないと、だめなのか?」

「食べ物を買うにも、宿に泊まるにも、金がいるからね」

「金は、どうやったら手に入る?」

「うーん、働いたらもらえるけど、こんな田舎じゃ働き口もないからねぇ」

「少しなら分けてやれるけど、それも多くはないしな」

「金、ここにある?」

「私らが生きてく分だけな」


飯を買うのに、金がいるのか。

金が欲しい。

ここにある金、全部欲しい。


そう思っていると、あの時みたいに体の内側の何か勢いのあるものがうねり出した。


「…坊や、それは魔力じゃないかっ!」

「ど、どうしたんだい?落ち着きな、それを収めるんだよ!」

ジジイたちは焦ったように立ち上がって、俺から離れた。


敵意じゃないけど、恐れみたいなものを感じ取って、俺の体の周りで風が渦を巻いた。


「ぼ、暴走か!?坊や、コントロールすんだよ!」

「おいっ、気を落ち着けるんだよ!」

ジジイたちの恐怖の感情が大きくなっていって、うんざりした。


うるさいな。


そう思った時には、飯と家財とジジイとババアを巻き込んで、家の中で竜巻が起こった。


「ああ、飯が」


飯に手を伸ばしたら、風が止んで、大きな音を立てて、全てのものが床に落ちた。

ジジイとババアは血を流していた。

こうして血を流した奴隷は、命は長くない。

ジジイたちもきっと長くはない。


床にこぼれた飯が、闘技場の飯みたいになっていて、萎えた。

かき集めて口に詰め込んだ。

散らばった家具の隙間に、キラキラしたものを見つけた。


「これ、あいつらが持っていたものと同じ。金って、これか」

家中のキラキラを拾い集めて、綺麗になった服のポケットに入れた。

これで俺も、飯が買えるらしい。


呻き声を上げるジジイを見て、そうかと気づいた。


「いらないものは、最初から消せばよかったんだ」


闘技場の大人も観客も、こうやって消し飛ばせばよかった。

よくわかんないけど体の内側の力みたいなものを使えば、生き延びられるんだ。

もう飯もないし、俺は家を出てまた歩き出した。


大きい街に出ると、人がいっぱいだった。

雑踏の中を歩いていくと、誰かと肩がぶつかった。

尻餅をついた少女がこちらを見上げていた。

俺より、小さいか?

こんなに細かったら、戦闘できないだろうな。


「ごめんね、お兄さん、ぶつかっちゃった」

「ああ」

「お詫びにうちの屋台に寄っててよ」

「屋台?」

「うん!お母さんがやってるの、お肉もあるよ」

「飯か。行く」

少女のあとをついていきながら、懐のナイフを確認した。

何かあってからでは遅いからな。


「お母さーん!お客さんだよ〜!」

「あんた!どこほっつき歩いてたの!」

「ええ〜、ちゃんとおつかい行って来たよ?」

「また、ちんたらして。さっさと帰ってこないかい」

「だって混んでたんだもーん」

「言い訳はいいから。早く手伝いな!」

少女を叱りつけた母親という人は、闘技場の連中とあまり変わらないように見えた。


ガキが損をするのは、どこでも一緒か。


「あはは、お兄ちゃんごめんね〜!何か食べる?」

「お前、怒られて悔しくないのか」

「んー、だってお母さんが怒るのはいつものことだもん」

「なんだい、文句でもあんのかい?」

そう言って母親が少女の髪を引っ張った。


「痛いっ、ごめんなさいお母さん」

「あんたが遅いと売り上げも変わるだろう!?飯が食えるのは誰のおかげだと思っているんだい?」

「ごめんなさいっ!」


外も、変わらねーんだな。

闘技場の大人たちも、誰のおかげで飯が食えるんだと、よく殴ってきた。

誰のおかげで寝床があって、誰のおかげで役に立てて、誰のおかげで居場所があると思っているんだ。

散々、聞かされた。

蹴られるのも、打たれるのも、俺のせいにされるのももうごめんだ。


誰のおかげで、金が稼げたと思ってんだ。


あいつらへ向けたどす黒い気持ちが、この母親にも重なっていく。


俺はナイフを取り出して、母親を後ろから刺した。

たらたらと血が流れるが、それでは足りない気がして、奥深くまで刺した。


「…え?なにしてるの、お兄ちゃん」

「こんな奴いたら、逃げられないだろ」

「お、お母さん…!ねえ、お母さん、大丈夫!?」

「なんで、こいつの心配するんだ」

「お母さんが、死んじゃう…!」

「よかったじゃないか」

俺がそう言うと、少女は涙をいっぱい溜めて、泣き叫んだ。


「意味わからないこと言わないでよっ!お母さん!ねえ、お母さんっ!!」

少女の声に、周囲に人間が集まってくる。

ざわざわとしていて、うるさい。

体の中が蠢いて、また風が集まりそうだった。


「このお兄ちゃんがっ、この人がお母さんを殺したのっ!」

まだ、息があるじゃねえか。


奴隷なんて、いくら死んでも代えがいたのに。

それと何が違うと言うんだ。

役立たずの親を消してやろうと思っただけなのに。


「お母さんを返してよっ!」

「いらないだろ」

「いらないのは、お兄ちゃんの方だよ!どっか行ってよ!」

そう言われて、俺の内側が止まった。


お前の代わりはいくらでもいるとは言われ続けたけど、いらないははじめて言われた気がする。


いや、俺を売った親は、言っていたのかもしれない。

だって、売られたんだから。


こいつにとっては、俺の方がいらないのか。

そういえば、誰かに必要とされたことなんてなかったな。

俺、いらなかったんだ。


そうか、いらないなら、消えるしかないか。


俺が自分の腹を刺すと、少女の叫びが耳をつんざいて、ますます意味がわからなかった。





お読みくださりありがとうございます!  毎日投稿76日目。

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