いらないもの
ああ、そっか。
自分にとっていらない人間は、消せばよかったんだ。
さっきまであったはずの建物がなくなった場所の真ん中で、土の上に倒れている自分の体を確かめた。
手足、ある。
頭は痛いけど、生きているみたいだ。
今のは、なんだったんだろう。
大人たちは、どこ行ったんだ?
いつものように闘技場で戦わされて、なのにまた飯がもらえなくて。
だから番人を睨んだら、いつも通り殴られて。
こいつら全員いなくなったらいいのにって思ってたら、なんか体の中で何かが暴れ回って。
それで、…それで気づいたら、今、こんな。
体を起こして辺りを見回すと、檻どころか何もなくなっている。
ただ大地が広がっているだけで、人も建物も何もない。
戦闘奴隷がみんなぶち込まれていた汚ねえ寝床も、廊下も、競技場も、観客席も、何もなくなっている。
同じ奴隷の奴らも、俺らを甚振っていたあいつらも、いなくなっている。
すべてのものが吹き飛んだみたいに、更地になっていた。
どういう状況かわからないけど、外って、こんな感じだったのか…?
首を触ると、鎖もなくなっている。
よくわかんねえけど。
「逃げていいってことか…?」
俺は近くに落ちていたナイフだけ持って、当てもなく歩き始めた。
3か4歳の時に親に売られて、いつの間にか闘技場の戦闘奴隷になっていた。
親の顔なんか覚えてもねえくらい、闘技場に長くいたと思う。
フラフラと歩いていると、建物が見え始めた。
売られる前にいた集落って、こんな感じだった気もする。
腹減ったな…。
道が見えてきてそこを通っていくうちに、横に建つ家から人が出てきた。
何かあったら、ナイフで刺さなきゃ。
そう思っていたけれど、年寄りのジジイは俺を見るなり驚いていた。
「坊や、どうしたんだい?ボロボロじゃないか」
「…」
「ちょっと、婆さん!来ておくれ!」
家の方に呼びかけると、ババアが出てきた。
「なんだい、うるさいのう」
「この子、ボロボロなんだよ!シャワー貸してやらんと」
「おや、まあ!服、あったかしらねえ」
「坊や、よかったらうちにおいで。飯食うか?」
「…飯」
「おうおう、もてなせるほどもねえが、食っていきな」
「飯は食う」
招かれるままに家に入って、身綺麗になって、ボロ着から息子のお下がりというものに変わって、飯をもらえた。
皿にいっぱいの飯をはじめて見て、がっつくと「ゆっくりお食べ」と言われた。
ゆっくり食べたら、他のやつに取られちまうじゃねえか。
でもジジイとババアは、俺の飯を取る気配もなかった。
「それにしても、こんな片田舎にどうして来たんだい?」
敵意は感じられなくて、飯もケチらずくれた。
「奴隷商から、逃げてきた」
「…そうかい、よく逃げてこられたね。無事でよかったよ」
「たんとお食べ。行くところがないなら、うちにいればいい」
ジジイとババアは、なぜか弱々しく笑った。
うちにいればいいって、なんだ?
「どこかには、行く」
「そうかい?街に行くにしても、金がないとねぇ」
「金ないと、だめなのか?」
「食べ物を買うにも、宿に泊まるにも、金がいるからね」
「金は、どうやったら手に入る?」
「うーん、働いたらもらえるけど、こんな田舎じゃ働き口もないからねぇ」
「少しなら分けてやれるけど、それも多くはないしな」
「金、ここにある?」
「私らが生きてく分だけな」
飯を買うのに、金がいるのか。
金が欲しい。
ここにある金、全部欲しい。
そう思っていると、あの時みたいに体の内側の何か勢いのあるものがうねり出した。
「…坊や、それは魔力じゃないかっ!」
「ど、どうしたんだい?落ち着きな、それを収めるんだよ!」
ジジイたちは焦ったように立ち上がって、俺から離れた。
敵意じゃないけど、恐れみたいなものを感じ取って、俺の体の周りで風が渦を巻いた。
「ぼ、暴走か!?坊や、コントロールすんだよ!」
「おいっ、気を落ち着けるんだよ!」
ジジイたちの恐怖の感情が大きくなっていって、うんざりした。
うるさいな。
そう思った時には、飯と家財とジジイとババアを巻き込んで、家の中で竜巻が起こった。
「ああ、飯が」
飯に手を伸ばしたら、風が止んで、大きな音を立てて、全てのものが床に落ちた。
ジジイとババアは血を流していた。
こうして血を流した奴隷は、命は長くない。
ジジイたちもきっと長くはない。
床にこぼれた飯が、闘技場の飯みたいになっていて、萎えた。
かき集めて口に詰め込んだ。
散らばった家具の隙間に、キラキラしたものを見つけた。
「これ、あいつらが持っていたものと同じ。金って、これか」
家中のキラキラを拾い集めて、綺麗になった服のポケットに入れた。
これで俺も、飯が買えるらしい。
呻き声を上げるジジイを見て、そうかと気づいた。
「いらないものは、最初から消せばよかったんだ」
闘技場の大人も観客も、こうやって消し飛ばせばよかった。
よくわかんないけど体の内側の力みたいなものを使えば、生き延びられるんだ。
もう飯もないし、俺は家を出てまた歩き出した。
大きい街に出ると、人がいっぱいだった。
雑踏の中を歩いていくと、誰かと肩がぶつかった。
尻餅をついた少女がこちらを見上げていた。
俺より、小さいか?
こんなに細かったら、戦闘できないだろうな。
「ごめんね、お兄さん、ぶつかっちゃった」
「ああ」
「お詫びにうちの屋台に寄っててよ」
「屋台?」
「うん!お母さんがやってるの、お肉もあるよ」
「飯か。行く」
少女のあとをついていきながら、懐のナイフを確認した。
何かあってからでは遅いからな。
「お母さーん!お客さんだよ〜!」
「あんた!どこほっつき歩いてたの!」
「ええ〜、ちゃんとおつかい行って来たよ?」
「また、ちんたらして。さっさと帰ってこないかい」
「だって混んでたんだもーん」
「言い訳はいいから。早く手伝いな!」
少女を叱りつけた母親という人は、闘技場の連中とあまり変わらないように見えた。
ガキが損をするのは、どこでも一緒か。
「あはは、お兄ちゃんごめんね〜!何か食べる?」
「お前、怒られて悔しくないのか」
「んー、だってお母さんが怒るのはいつものことだもん」
「なんだい、文句でもあんのかい?」
そう言って母親が少女の髪を引っ張った。
「痛いっ、ごめんなさいお母さん」
「あんたが遅いと売り上げも変わるだろう!?飯が食えるのは誰のおかげだと思っているんだい?」
「ごめんなさいっ!」
外も、変わらねーんだな。
闘技場の大人たちも、誰のおかげで飯が食えるんだと、よく殴ってきた。
誰のおかげで寝床があって、誰のおかげで役に立てて、誰のおかげで居場所があると思っているんだ。
散々、聞かされた。
蹴られるのも、打たれるのも、俺のせいにされるのももうごめんだ。
誰のおかげで、金が稼げたと思ってんだ。
あいつらへ向けたどす黒い気持ちが、この母親にも重なっていく。
俺はナイフを取り出して、母親を後ろから刺した。
たらたらと血が流れるが、それでは足りない気がして、奥深くまで刺した。
「…え?なにしてるの、お兄ちゃん」
「こんな奴いたら、逃げられないだろ」
「お、お母さん…!ねえ、お母さん、大丈夫!?」
「なんで、こいつの心配するんだ」
「お母さんが、死んじゃう…!」
「よかったじゃないか」
俺がそう言うと、少女は涙をいっぱい溜めて、泣き叫んだ。
「意味わからないこと言わないでよっ!お母さん!ねえ、お母さんっ!!」
少女の声に、周囲に人間が集まってくる。
ざわざわとしていて、うるさい。
体の中が蠢いて、また風が集まりそうだった。
「このお兄ちゃんがっ、この人がお母さんを殺したのっ!」
まだ、息があるじゃねえか。
奴隷なんて、いくら死んでも代えがいたのに。
それと何が違うと言うんだ。
役立たずの親を消してやろうと思っただけなのに。
「お母さんを返してよっ!」
「いらないだろ」
「いらないのは、お兄ちゃんの方だよ!どっか行ってよ!」
そう言われて、俺の内側が止まった。
お前の代わりはいくらでもいるとは言われ続けたけど、いらないははじめて言われた気がする。
いや、俺を売った親は、言っていたのかもしれない。
だって、売られたんだから。
こいつにとっては、俺の方がいらないのか。
そういえば、誰かに必要とされたことなんてなかったな。
俺、いらなかったんだ。
そうか、いらないなら、消えるしかないか。
俺が自分の腹を刺すと、少女の叫びが耳をつんざいて、ますます意味がわからなかった。
了
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