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第2話:遊戯(ゲーム)

沈黙ゲーム。

ルールは1つ。【参加者は10分間、声を発してはいけない】。


ゲーム前に自らSoVカウンターを外し、死亡した五十嵐を除いた9名が、このゲームに参加していた。




「09:10」―――


(済し崩しで始まってしまった……)


スーツ姿の男、井崎いさきはため息をつき、座り込む。


(時間は経過しない、腹も空かない。現実ではないというなら、これは夢か?夢なら……)


腕時計を見る。時計は短針が逆回転、長針が高速で回転し、現在の時を刻む事をやめている。井崎はまたため息をつき、天を仰ぐ。


(いや。声を出しても良い、なんて確証も無い。当面は右に倣っていた方が利口だ)


井崎の視界の傍らに、斃れたままの五十嵐の遺体が映る。


(……しかし、あの五十嵐という男。セブンとかいう女の言っている事が事実ならば……)

『死んで当然の所業、ですかね?』


突如、セブンが井崎の心を読んだかのように言う。井崎は驚くが、声には出さなかった。


『ふふっ、驚いて声が出ないようですね。あ、いや今はゲーム中で出せないんでしたね、失礼』


参加者の視線がモニターへ集まる。モニターは変わらず数字を表示し続けている。


『失礼ついでにお伝えしますね。これが「夢だ」という妄想を持っている方がいたら、諦めてください。これは現実です。確かにここはあなた達が生きている時間から、あなた達の存在だけを切り取った空間ですが、ここでの死は現実での死です』


五十嵐の身体が透けていく。


『敗北者処理のついでにお伝えしました。引き続き頑張って下さい』


五十嵐の身体が完全に消える。まるで役目を終えたオブジェクトのように。最も近くにいた初老の男性が、五十嵐のいた所に手を伸ばすも、その手は空を切るばかりだった。


(……生き残るしかねぇってか。クソッ)


井崎は、心の中で悪態をつくしか無かった。





「07:45」―――


「ヒクッ……」


先程まで泣きじゃくっていた、事務服を着た若い女性、石塚いしづかが小さくしゃっくりをする。石塚はしまった、と言いたげに手で口を隠すが、一同には聞かれており、視線が一斉に彼女へと注がれる。


『……しゃっくり、ですか』


勿論、ゲームマスターのセブンもそれは見逃していない。石塚は口に手を当てたまま、必死に首を縦に振る。


『まぁ、生理現象ですし、大目に見ます』


一同から安堵のため息が漏れる。


(危なかった……)

『……ところで。しゃっくりって100回続くと死ぬって迷信、あるじゃないですか』


セブンの言葉を聞き、参加者の一部が少し青ざめる。


『あれって、本当なんですかね?』


……沈黙。察した一部の参加者の表情は、青く固まるばかりだった。


『なんですか、そのリアクションは。まるで私が100回しゃっくりした人を殺すとでも言いたげですが?』


やっとセブンの言葉の意味を理解した石塚の表情が強張る。


『……止まりましたね、しゃっくり』

(あっ……本当だ、止まった)

『驚くと止まる、ってのは迷信じゃなかったみたいですね』







「06:22」―――


(はぁ、ダル……)


タイル状の壁に気怠げにもたれ掛かる女子大生、入江いりえは、退屈そうにスカートについた過剰とも言えるベルト紐をくるくると弄ぶ。


(こんなことに巻き込まれてなかったら、今頃カズくんと……)


いくら電源を入れようと何も映らないスマートフォンの黒い画面を鏡にし、前髪を整える。


(はぁーあ。アホくさ。さっさと終わってよね)


自分の顔に見飽きた入江は、モニタを注視する。


(……、……あれ?)





「02:31」―――

参加者一同に少し疲れの色が出始める。

モニタは刻々と数字を表示するだけ。ほかに何も気を紛らわせるものも無い。ただの、無音。聞こえるのはほかの参加者の息遣いだけ。


(もう嫌……早く終わって……)


石塚は心中で悲痛な叫びを上げる。心拍が上がる。呼吸の頻度が上がり始める。


(何なの……本当に意味分かんない……!!)


髪を掻きむしり、沈黙に耐えるその姿を、初老の男性が視界の隅で見つめていた。


(あちらのお嬢さんは限界に近いな……)


初老の男性、稲瀬いなせは冷静だった。


(それもそのはず。この部屋は静か過ぎる。まるで、音が吸い込まれていくようだ)


稲瀬はゆっくりと深呼吸し、自らの手首に指を当て、脈を測る。


(無音の部屋こそ、自らが発する音が良く聞こえる。頭の中で音が鳴り響く)


自らの脈をとりつつ、モニタの数字を見つめる稲瀬の眉が動く。


(……、まさか、な)





「00:25」―――


(あぁ、長かった……)


過呼吸気味になりつつ、石塚はモニタの数字を見つめ続ける。


(そういえば、賞金が出る、って言ってたよね)


「00:19」

賞金が出る。この言葉が真実かどうかを疑う思考回路を石塚は持ち合わせて居なかった。


(あとちょっと……)


「00:08」


(確か最初に死んだ人の分で400S。これだけで2000万円。しばらくは遊んで暮らせる金額ね)


既に石塚の頭には『何を買うか』の算段が始まっていた。呼吸の乱れは、その悦びによるものだった。

終わりを悦ぶのは、何も彼女だけじゃない。参加者の半分は、既にその賞金を得たものだと確信している表情かおだった。

……一部を除いて。








「00:00」―――


「やった……!」

「終わったぞ……!!」

「よっしゃあっ!!」


石塚をはじめ、何人かが立ち上がり喜びの声を上げる。


『……失格です』


セブンの冷徹な声が響く。声を上げた数人の表情が、少しだけ強張る。


ブン……


「えっ……?」


驚きの表情を表す間もなく、声を上げた数人が次々と斃れていく。斃れた人々の胸のカウンターの光が、役目を終えたようにゆっくりと消えていく。

それから10秒が経過したのち……


『はい。沈黙ゲーム、終了です。もう声を出してもいいですよ』


ブラウン管モニタの映像が、セブンへと切替わる。その声と共に、生存者の安堵の溜息が漏れ出る。


『生存は3名。稲瀬さん、井崎さん、入江さん。おめでとうございます』

「……私から、質問してもいいかな?」


稲瀬がモニタごしに、鋭い視線を送る。


『ええ。もちろん。内容はわかっています。モニタのカウンターの事、ですね?』

「そうだ。あの表示は、一見10分を刻んでいるように見せかけ『実際の時間よりも僅かに早く』進行していた。間違いないかな?」

『大正解です。井崎さん、入江さんのお2人も、気付いていましたか?』

「あぁ、といっても俺は何となくだが。00:00を表示した時、ゲームマスターのお前が終了の合図を出さないのを見て、直感的にヤバいと感じた。だから黙っていた」

「私は元陸上部だから。時間の感覚は他の人よりしっかりしてるって自負がある。で、このカウンターは自分の体感より早いって気付いた。あ、これ時計じゃない、罠だって」

『そうですか、流石ですね』


生存者3人の背後から、わざとらしい拍手の音が鳴る。振り向くと、モニタの向こうにいたはずのセブンが立っていた。


「改めて、おめでとうございます。あなた方3名はこの極限の心理状態の中、冷静にトラップを見抜き、勝ち抜きました。それでは、生存者であるあなた方を現実に返してあげましょう」


セブンは手を大きく掲げ、指を鳴らす。









「……はっ!?」


井崎の意識が戻った時、そこは電車の車内だった。

腕時計を見る。時刻は正しく表示されている。通勤ラッシュの真っ只中だ。


「夢……だったのか?」


何気なく、スマートフォンで銀行口座を確認すると、そこには目を疑う残高が20秒前に振り込まれていた。


「……、……夢、じゃなかったのか」


井崎は『今日』何度目かのため息をついた。



それから程なくして。

都内では今日だけで7人の失踪者が発生したと報じられた。









――この世界には、人知れず行われている“魂の価値を賭けた遊戯”が存在する。

セブンはビルの屋上に立ち、ゆっくりと仮面を外す。


『今回も見事だったゼぇ?名司会者サマ』

「……そう?我ながら、反省点ばっかりだったけど」


どこからともなく聞こえる声と短く会話を交わし、セブンはスーツを豪快に脱ぎ捨てると、都内の進学校の校章が輝くセーラー服姿へと変貌した。


「さ、あたしも学校に行かなくちゃ」

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