第1話:遊戯開始(ゲーム・スタート)
「……うぅ」
スーツ姿の一人の男が目を覚まし、起き上がる。自宅のベッドとは懸け離れた硬い床。目を凝らし辺りを見渡しても薄暗く、寝起きの視界では何も見えない。
「ここは……?」
目が慣れてくると、次第に部屋の全容が見えてくる。数十センチ角のタイルが散りばめられた床。壁面、天井も同じタイルで構成された、立方体状の部屋。窓も、扉も、ない。それなのに、常夜灯が点いているかのように、何処からともなくぼんやりと光が差している。
―――異様な空間。
この空間を異様たらしめる最大の理由。それは中央に鎮座するブラウン管テレビだった。
「確か俺は……会社に行く途中……」
自らの記憶を言葉にしつつ、ポケットから携帯電話を取り出す。だが、画面は真っ暗なまま。電源が入らない。
「クソッ、なんだってんだ」
ふと、足元を何かが小突く。
「……なっ」
足元に寝転がるのは、会社の制服だろうか、事務服をまとう見知らぬ女。先程までの自分と同じように、すぅすぅと寝息を立てている。
そう。彼は気付いていなかっただけ。同じ環境に押し込まれたのは彼だけではない。年齢層も、性別も、関係性もバラバラな男女10名が、そこにいた。
――――――
部屋に閉じ込められた一同、全員が目を覚ましたのを知ってか、部屋の中央に鎮座するブラウン管テレビが、ブン、と音を立てる。
『……皆さん、目が覚めたようですね。おはようございます』
一同は画面が見えるよう、一箇所に集まる。画面に映るスーツ姿の、声の正体であろう人物は背を向けている。
『私が、この部屋の―――』
「なんなんだ、この部屋は!?」
「私達をこんな所に閉じ込めて、どうするつもり!?」
「……早くしないと、商談に間に合わなくなる、どうしてくれるんだ!」
思い思いの言葉をぶつける一同を黙らせるように、一瞬、テレビが強烈な光を放つ。
『……お静かに。私は喧騒は好きですが、好き勝手騒がれるのは嫌いです』
「だったら、我々の質問に答えてくれないか」
初老の男性が、画面に問いかける。
「いきなりこのような所に連れてこられて、皆気が立っている。早く元の所へ帰りたいのだが」
『……幼稚ですね』
「幼稚?今俺達の事を幼稚と言ったのか?」
スーツ姿の声の主は、ゆっくりと振り返る。顔は仮面で隠されているが、髪型とボディラインから女性であることは明白だった。
『ええ、幼稚です。今の環境を受け容れられず、明らかに『何かを知っている』者が目の前に居る。それなのに、その者が持つ情報を得ようともせず、ただ自らの要求を吠え立てる……まるで駄々っ子だ。今のあなた達を幼稚と称して何が悪いのですか?』
「……、……」
『確かに、今あなた達が置かれている状況は異様です。がなり立てたくなる気持ちも分かります。ですが、今すべき事は騒ぐ事では無い筈。違いますか?』
淡々と、画面の向こうの女は告げる。
「確かに。それもそうだ」
『……ご理解頂けましたようで。では続けますね。私がこの部屋のマスター、案内役のセブンと言います。短い間ですが宜しく』
恭しく、セブンと名乗る女は腰を曲げる。
『この空間は現実から乖離された空間。時間も経過せず、飢えもしません』
「……まるで夢物語だ。それでお嬢さん。私たちをこのような所に連れてきて、一体何が目的なのかね?」
初老の男性は落ち着き払った様子で、画面の向こうを注視する。
『……今から皆さんには、簡単なゲームをしてもらいます。そのゲームをクリアすれば、皆さんを元の世界に返して差し上げます』
「ゲームだぁ!?くだらねぇ!そんな事の為に俺達を監禁してるってのかよ!」
若い男性が初老の男性を押しのけてテレビを引っ掴み叫ぶ。セブンは淡々と続ける。
『皆さんの左胸に、カウンターを取り付けさせて頂きました。ご確認ください』
一同は一斉に胸を触る。そこには10cm程度の薄い長方体のカウンターが付いていた。
「んだよコレ!?」
『それはSoVカウンター。あなた達の【魂の価値】を表示する装置です。あ、ちなみに単位はS、ソウルです』
各々のSoVカウンターが、その人の魂の価値をアナログで表示する。
「……3900?」
『おや、五十嵐さん、貴方の価値は3900Sですか』
叫んだ若い男、五十嵐は辺りを見渡す。周りの人の胸には「5200」「6400」「7700」。あまりにも低すぎる値だった。
『五十嵐幸夫。年齢、25歳。職業、反社会的勢力、いわゆるヤクザ。組織の金に手を出し、それが上にバレ、口封じに殺害、逃走。またその他にも8人に対し婦女暴行、強盗、詐欺を働く……最低ですね。価値が低いのも頷けます』
「……どうしてそれを」
一同は五十嵐を見て、後退りする。
「んだよ見てんじゃねぇ!なんだこのクソカウンターはよ!」
その様子に怒った五十嵐が、カウンターを剥がそうと躍起になる。
『警告します。そのカウンターは貴方の命です』
「知るかクソッタレ!」
ベリッという音と共に、カウンターが剥がれる。アナログ表示が「0」を示す。
『……警告はしましたよ』
セブンの言葉と同時に、電池が切れたかのように五十嵐が倒れこむ。
一同がざわめき、五十嵐に駆け寄る。最も近くに居た老人が手早く脈を測るが、その手はすぐに離される。
「……死んでいる」
『警告はしました。それでも本人の意思で外したいのであらば、私としてもそれ以上止める義理はありません』
「嫌ぁぁぁああああぁっっ!!」
目の前で人が死んだ。その事実を受け入れられない一同はそれぞれの反応を返す。
『このままだと埒が明かないので、説明を強行します。どこまで話したかな……そうそう。今からあなた達にはゲームをしてもらいます。成功すれば生還。失敗すれば、この五十嵐さんのように、我々がその個体のSoVを徴収します』
「……つまり、死ぬって事か」
はじめに目が覚めた、スーツの男が画面を睨みつける。
『その通りです、井崎文仁さん』
「……ゲームの拒否権は?」
『ありません。即、失敗扱いとします』
井崎は目を閉じ、小さくため息をつく。
「成功したら、俺達を元の場所へ返す保証は?」
『証明は出来ませんが、間違いなく。それと、成功賞金として、我々が徴収出来たSoVの一部を差し上げます。本日のレートですと……およそ1Sあたり5万円。人の話を聞かない愚か者が居てくれたお陰で、現時点で皆さんはおよそ400Sを獲得していますね』
400S、日本円に換金すると2000万円。賞金が出る。その言葉を聞いた一同の空気が少し変わる。
「それで、我々は何をしたらよいのかな」
『皆さんにして頂くのは【沈黙ゲーム】です。ルールは簡単。「10分間、声を発してはいけない」。それだけです』
「……それだけ?」
『……ええ。それだけです』
テレビの映像が切り替わり、「10:00」と数字が表示される。
『私がゲームスタートと言ってから10分間、声を発してはいけません。発した人はその時点でゲームオーバー。よろしいですね?』
「嫌……嫌……」
先ほどのショックからか、部屋の隅で泣きじゃくっていた女性が呪詛のように繰り返す。
『どうやらスタートと同時に死にたい人が居るみたいですね。でも、私はこれ以上待てませんよ』
テレビの画面が明るく点滅する。覚悟を決めたのか、鼻を啜りながらも、女性は画面を見つめる。
『……では、遊戯開始です』
その声と同時に、映像の数字が「09:59」へと変化した。




