09:NTRれてないと思った?残念、NTRはまだまだ終わらない。
しばらく前。
クリスは馬に乗って去っていくアリアを動かず眺めていた。
「いいんですの?行かせてしまって」
そう聞くのは彼の婚約者、ルーナだ。
「構わないさ。LLドールを修行に行かせるのは珍しい事ではないからな」
「ですわね」
そう答えるのが分かっていたルーナは、楽しそうに笑う。
「そう言えば、君のLLドールのルナマリア、そろそろ修行を終えて帰ってくるんだろう?」
「ええ。明日には到着すると連絡が来ております。式以来の再会ですから、明日の夜は絶対寝かせませんわ。私がルナマリアがいなくてどれほど寂しかったか、嫌という程彼女の体に叩き込んであげるのですから」
そう言う彼女の左手薬指には、指輪がはめてある。
クリスとの指輪ではなく、彼女のLLドール、ルナマリアとの指輪だ。
ちなみに、ルナマリアという名前は、ルーナが自分の名前にもじってつけた名前だ。
「そう言えばあなたの式、ずいぶんシンプルでしたわね。私みたいにもう少し派手にして、家族も呼べばよかったのに」
「私とアリアの間に飾りはいらない。家族であろうと、私達の間に立ち入らせない」
「あら。あのレムスって子は?」
「……」
「私に演技までさせて、二人を逢引きまでさせたのは何故?」
「……分かっているのだろう?」
「ええ。昔のあなたそっくりでしたからね、彼」
クリスはアリアと再会した時にすぐに気づいた。
昔の自分と同じ、ただただ相手に合わせて顔の表情という名の仮面を付け替えていることに。
そして、アリアの心は大きな傷を負っていることに。
だから、アリアと再会した時にクリスは彼の心を嫌そうとしてが、それは難しかった。
アリアを抱けば愛くるしい表情を見せ、自身の愛撫に反応してくれるが、それは心からの反応ではない。
アリアは今までの生活で、商売相手にはそう感じるように教育されているのだ。
だから、彼は仕える人や商売相手にはそう言った感情を見せる。
逆に言えば、そういった相手ではない、フラットな相手には全く感じないのだという事。
クリスはその事実に気づいていた。
そして、クリスはアリアについて調べた時にレムスの事を知り、アリアがレムスと関係を持つ時はそうなのであろうと見当をつけたのだった。
だからこそ、アリアには自分だけでなく、レムスも必要だと思ったのだ。
幼い、まだ純粋な事を知っている自分と、心が凍った後共にいたレムス。
クリスはアリアを誰かに奪われるのは嫌だったが、それよりなにより、アリアには幸せになってほしかった。
だからこそ、アリアに修行に行かせたのだ。
レムスに合流することはもちろん予測済み。
レムスを結婚式に呼んだのは、もちろんアリアは自分のものだという見せつけもあるが、レムスがアリアにとってなくてはならない人になっているという事実を見て、それならばと呼んだのだ。
「でも、いいのかしら?彼、帰ってこないかも」
「それはない。真に心がつながったLLドールと買い主はどんなに離れても心は一つだ。それに、式をした二人は……」
「どんなに離れても、何があっても再会する、ですね。我が国の伝承の」
「伝承ではなく事実だ。式を挙げた買い主とLLドールの関係を調べた事があるが、様々な理由で別れる事は多々あれど、全て再会している。そして、死ぬ時期の違いこそあれ、同じ、もしくは隣に埋葬されている。これは純然たる事実だ」
「そういえばそうですわね。ところで、腕輪のデザイン、そろそろ決めませんと」
「そうだな。私と君との式はまだ先だが準備はしっかりしないと」
買い主とLLドールの結婚式と、夫婦になる二人の結婚式は違う。
前者は、永遠の絆(もしくは愛)を誓う。
そして、左手薬指の指輪の交換を行う。
式は小規模がほとんどで大きくても中規模な式だ。
後者は、家族や子々孫々が永遠に続くことを誓う。
そして、右手首の腕輪を交換する。
式は両家一族の力を周囲に示す意味もあって大規模かつ豪勢なのが普通だ。
名称こそ結婚式と同じだが、その内実は全く違うのだ。
そして、数年後にはクリスとルーナは結婚式を挙げる。
もちろん後者の意味で、だ。
「その時はアリアとルナマリアにも参加して貰わないとな」
「当たり前です。LLドールを愛せない者は妻も民も愛せない。我が国の初代皇帝の言葉ですわね」
「LLドールという名称はかのお方が愛した男性が自らをそう呼んだのが始まりらしいな」
「そして、そのLLドールはあなたの先祖に当たる人よね」
「あぁ。お二人は何度も引き裂かれ、別れても運命のように再会し、この国を作り上げた」
「初代LLドールは個人では無敵の強さを持っていたが、政治能力はおろか軍の指揮官としての能力すらなかった。それ故に戦が終わり国が落ち着くと、役立たずの癖に皇帝に寵愛されていると後ろ指を指されるようになり、やがて自らを【愛されるしか用のない生きた人形】LLドールと蔑み、愛する人に迷惑をかけないように自ら国を去った」
「でも、皇帝は嘆き悲しんだ。そして、数年後の飢饉で内乱が起きた時に戻ってきた愛しい人を守るため、今に続くLLドールの規則をつくったのよね」
「あぁ、その規則は今も何一つ変わらず続いている」
そう思い出し、二人は微笑んだ。
「私達もいずれ夫婦となり、LLドールの二人と暮らしていくのでしょうね」
「間違いない。アリアは必ず帰ってくる。式の言い伝えを除いても、私はそう信じている」
クリスにはそんな強い予感がしていた。
「でも、クリスって子に奪われないの?」
「かまわない。アリアの幸せは、私の幸せだ。それに……」
「それに?」
「ありえないように楔は打ったからな」
自分の事を忘れないために、剣と冒険者用の服も渡した。
どちらも見た感じでは安物だが、剣は名工に作らせた業物、服も高価な素材を利用している。
そして、何より。
今までの日々で、リアの心に自分という存在が確かにいる事をクリスは気づいていた。
そして、それは本当だった。
ある日の夜。
安宿でふと目を覚ましたリアは、隣で寝ているレムスをよそに、首に常にかけているチェーンについた、クリスからもらった指輪を見つめた。
自身が持つ最も高価なものがきちんとあるかを確認する、ただそれだけの行為のはずだった。
しかし、リアは気づいていなかった。
その頬は赤く染まり、笑みが浮かんでいる事を。
リアは気づいていない。
指摘されても、ありえないと断言するだろう。
しかし、彼の心には。
間違いなくクリスが住み着いていた。




