太陽の代償
黄金の大広間に、沈黙が落ちていた。
カイトの傍にいた三人の女たちは、恐怖に駆られて逃げ出そうとした。
だが、マルガリータがその前に立ちはだかる。
「──坊やの話が終わるまで、誰も出ないわよ。」
その声は静かだったが、確かだった。
女たちが叫び声を上げた瞬間、鞭が一閃した。
ピシィンッ。
乾いた衝撃音が空気を裂き、
その場にいた三人は、糸が切れた人形のように気を失い、床に倒れた。
その音の鋭さに、壁の松明の炎でさえ揺らめいた。
ミナセ・カイトは、恐怖に歪んだ顔でハルトを見つめていた。
「お前……生きてたのか。魔獣に喰われたと思っていた……」
ハルトは静かに一歩を踏み出す。
その灰色のマントが開き、腰に光る金属の輝きが覗く。
「──そうだ。だが、今日は死にに来たんじゃない。」
カイトは後ずさりしながら、虚勢を張るように笑った。
「……俺を殺せるとでも思ってるのか?
俺は“選ばれし勇者”だぞ!この王国の救世主なんだ!」
「お前なんて、ただのバグだ。システムの“ゼロ”にすぎない!」
だが、ハルトの表情は変わらない。
その声は氷のように冷たく、静かだった。
「──それなのに、お前はその“ゼロ”の前で震えている。」
その言葉に、カイトの顔が怒りで歪む。
傍らの机にあった剣を掴む。
“太陽の刃”──黄金の光を放つ聖剣が、その手に宿る。
「だったら──死ねよ、アイザワァッ!」
水平に振り抜かれた一撃が、ハルトの首元を狙う。
だが次の瞬間──
ハルトの腕が上がる。
黒い鋼が光を裂いた。
マントの中から飛び出したのは、古代の文字が刻まれた短剣。
青白い輝きが、その刃に宿っていた。
──ガキィンッ!
聖剣が、まるで玩具のように真っ二つに折れた。
破片が床に転がり、甲高い金属音が鳴り響く。
カイトは呆然と立ち尽くす。
「な……なんだ、その武器は……!?」
ハルトは短剣をくるりと回し、静かに答えた。
「──加護なんかいらない。必要なのは“意志”だけだ。」
カイトは後退し、魔法陣を展開しようとした。
空中に黄金の魔法陣が浮かび上がる。
「爆ぜろ、“聖なる光”──ッ!」
だが──
魔力は霧のように消え、
ルーンはろうそくの火のようにかき消えた。
「な……なんで……!? なんで発動しない……!?」
ハルトは無言で前進する。
その一歩一歩が、見えない圧力となって空気を押しつぶしていく。
「お前の力が消えたわけじゃない。」
彼は左手をかざす。そこには、黄金の封印が輝いていた。
「これは“奪う”力じゃない。
……“否定する”力だ。」
カイトは恐慌状態で拳を振り上げた。
だが、ハルトはそれを避け、
腕を掴んで──壁に叩きつけた。
鈍い衝撃音が響く。
さらに腹部に一撃。
息が漏れ、もう一撃。
そして──また一撃。
カイトの体が崩れる。
“太陽の勇者”は、床に倒れ込み、荒い息を吐いていた。
ハルトは、彼の首元を掴み、少しだけ持ち上げた。
その声には怒りも嘲りもない。
ただ、真実だけが込められていた。
「何年も──お前は人を値踏みしてきた。
自分の“上”と“下”を勝手に決めて……弄んできた。」
「運命が俺を弄んだように──お前も人を弄んだんだ。」
カイトは何か言おうとするが、声が出ない。
「……お、俺は……やるべきことを、しただけ……」
「──違う。」
ハルトが遮る。
「“やりたいこと”をやっただけだ。
そして──罰など来ないと信じていた。」
ハルトは手を離した。
カイトは床に崩れ落ち、咳をしながら震える。
「お前への裁きは──速くはない。
お前には、生きて味わってもらう。
お前が与えた痛みを、理解できるまで。」
ハルトは背を向けた。
入口には、オーレリアが静かに待っていた。
その銀の影に、ハルトの姿が溶けていく。
マルガリータも、静かにその後を追う。
残されたカイトは、血を流しながら天井を見上げた。
黄金の装飾に灯る火が揺れ、
その顔には敗北の色が滲んでいた。
その時、彼は初めて──
“ただの人間”であることを、知った。
正義が始まった。
かつてハルトを裏切った英雄は、今、自らの罪の影と対峙する。
魔法も、力も、栄光もない。
あるのはただ、偶然の審判だけ。
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