赦しの光
***
黄金の雨の下――
王国に雨が降っていた。
石の屋根を叩く雨音が、玉座の間の静寂を満たしていた。
濡れた外套のまま、五人の弟子たちが入ってくる。
疲労に満ちた足取り。だが、その目は消えていなかった。
炎のような記憶、痛みのような学びがそこにあった。
玉座の前にはハルト。
鎧も、王衣も纏わず、ただ一枚の黒い法衣。
英雄でも王でもない。
ただ、“師”として、彼女たちを待っていた。
「帰ったか。」
「……はい、ハルト様。」
セリナが一歩進み、頭を垂れる。
「任務は成功しました。……ですが、失敗もありました。」
ハルトは目を細める。
「報告はいらぬ。
――真実を話せ。」
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セリナが最初に口を開いた。
「命令に背きました。
あなたの元に戻る前に……自ら判断して動きました。
それが、正しいと信じたからです。」
ナナは俯きながら、震える声で続けた。
「私は、疑ってしまいました。
このまま動けば、あなたの名が穢れるかもしれないと……
でも、村は“許可”ではなく、“救い”を求めていたんです。」
リナは拳を握りしめながら言った。
「私は……怒りで打ちました。
敵としてじゃない。
私を傷つけた、“誰か”の幻に、鞭を振るってしまった。」
カヨは静かに膝をつく。
「見逃してしまいました。
逃げた村人を……止めることができなかった。
……怖くて、動けなかった。」
ミラは弓を胸に抱き、目を閉じる。
「私は……嘘をつきました。
“怖くない”と。
でも、本当は……失うのが怖かった。
ここで得た“絆”を。」
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広間に沈黙が満ちる。
雨音すら遠のいたように感じられた。
五人は膝をつき、裁きを待つ。
だがハルトは、目を閉じていた。
自らの過去を、静かに呼び起こす。
怒り、裏切り、失望、そして……再生。
彼はゆっくりと目を開けた。
「……立て。」
少女たちは顔を上げ、戸惑う。
「罰を……与えないのですか?」
セリナが問う。
ハルトは首を横に振る。
「心から生まれた過ちこそ、千の勝利より多くを教える。
それを裁く資格など、私にはない。」
彼は一人一人の前に立ち、言葉を紡いでいく。
「セリナ――
その炎は、破壊ではなく、道を照らした。」
「ナナ――
その迷いは、信仰のもう一つの顔だった。」
「リナ――
その怒りは、毒ではない。叫びだ。声だ。」
「カヨ――
恐れることは、罪ではない。
恐れても、君は進んだ。」
「ミラ――
その恐れが、人間としての証だ。
だからこそ、君は強い。」
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五人の目に涙が滲む。
だがそれは悔しさではなかった。
“理解された”という光だった。
ハルトは言った。
「君たちを赦すのは、私のためではない。
君たちが、自分よりも大きな何かを信じ続けているからだ。」
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そのとき、カオリが広間に入り、静かに全てを見守る。
オーレリアは扉の陰で微笑む。
ハルトは手を差し出す。
「黄金の太陽は、完璧だから輝くのではない。
壊れてもなお、灯し続けるからこそ、光になる。
――私が倒れた時、復讐ではなく、“意志”を選べ。
それが……後を継ぐ者の証だ。」
セリナがその手を取る。
「約束します、ハルト。」
ナナ。
リナ。
カヨ。
ミラ。
次々に手が重なり、
その中心には、師の掌があった。
魔法ではない。
血でもない。
それは――
意思の継承。
胸元の黄金の印が、淡く輝いた。
それは“魔力”ではない。
それは、“絆”だった。
***
その夜――
雨は止み、
雲は裂けて、月が城を照らしていた。
訓練場の一角には、五人の弟子たちが眠っていた。
武器は枕のように傍らに置かれ、
身体よりも――心が並んでいた。
その光景を、ハルトはバルコニーから静かに見下ろしていた。
背後から、カオリが湯気立つ茶を手に近づく。
「……時々、思うのよ。」
彼女は穏やかに言った。
「すべてを壊したがっていたあの日のあなたが――
今では、誰かを立ち上がらせている。」
ハルトはわずかに笑みを浮かべる。
「……復讐も、
希望に姿を変えれば――
贖いになるのかもしれないな。」
風が吹いた。
その金のマントを静かに揺らす。
――久しぶりに、
この“黄金の王国”は、
怒りではなく、静けさに包まれていた。
――つづく。




