揺れる信念
ヴェルマリアの冷たい風が、修復されたばかりの城壁を吹き抜けていた。
黄金の太陽の旗がはためいている。
だがそれは、帝国の恐怖ではなく――誇りを映していた。
子供たちは通りで遊び、兵士たちは老人を橋の向こうまで手助けし、
市場には笑い声があふれていた。
天童ナオヤは丘の端に立ち、その光景を見下ろしていた。
「……あり得ない。」彼はつぶやいた。
神崎リンが弓を背にかけて、隣に追いつく。
「ここが……ハルトが滅ぼしたっていう王国?」
そこに廃墟も、悲鳴もない。
あるのはパン、温かな炉火、そして調和。
剣士・雨宮ユウトは眉をひそめた。
「本当にここが、あいつの支配地なのか?」
錬金術師・鏡ヒロトがマナの羅針盤を確認した。
「間違いない。空気は黄金のエネルギーで満ちている。
この国は……彼の力で生きている。」
癒し手・朝倉ミヤビは、転んだ少女を助けるために膝をついた。
少女は笑顔でりんごを差し出す。
「お姉ちゃん、新しい神殿の人? 食べ物を持ってきてくれてありがとう!」
ミヤビはまばたきした。
「……神殿?」
「黄金の太陽のやつだよ!」少女は笑った。
「みんな同じって言ってた! もう王様だけが偉いんじゃないんだって!」
少女は駆けていき、ミヤビは胸に小さな痛みを感じた。
血に染まった暴君の話――それは、目の前の光景とは結びつかなかった。
一行は町中を歩いた。
誰一人、恐れた目で彼らを見る者はいなかった。
店では子供たちに無料のパンが配られ、
衛兵たちは沈黙の中で秩序を守っていた。
長年鍛冶を続けてきたであろう顔の老人が声をかける。
「旅の方かい? ようこそ、黄金の王国へ。」
ナオヤ:「……この地を治めている男を、怖くないのか?」
老人は笑った。
「怖い? あいつがいなけりゃ、とっくに飢え死にしてただろうさ。」
「だが……強制されてるんじゃないのか?」
「強制されてるのは、“より良く生きる”ことだ。」
老人は胸を張った。
「それが罪なら、神々にでも裁かれてやるよ。」
ナオヤは沈黙した。
胸の奥で燃えていた憎しみの火は、揺らぎ始めていた。
その夜、一行は町の外に野営した。
焚き火が揺れる中、誰も口を開かなかった。
沈黙を破ったのはリンだった。
「ナオヤ……私たち、間違ってるのかもしれない。」
「何を言ってる」ユウトが唸るように言った。
「奴は仲間を殺したんだぞ!」
「でも……この国を見て。
本当に、圧政に苦しんでるように見える?」
ミヤビはおびえたようにうなずいた。
「みんな……幸せそうだった。
嘘じゃなかった。
私が助けた女の子は、“無料の学校で文字を習った”って言ってた。」
ヒロトはワインを一口飲み、静かに言った。
「ハルトは世界を壊していない。
“書き直している”んだ。」
ナオヤは鋭い視線を向けた。
「……お前、あいつの味方か?」
「違う。」
ヒロトはゆっくり首を振る。
「ただ、“神と戦う”つもりなら……
なぜ皆がその名を祈るのか、まず理解しておくべきだ。」
――夜明け前。
金属音が静寂を破った。
焚き火の前に、一人の人物が立っていた。
金のマントを纏い、武器はなく、
手には黄金の太陽の紋章が刻まれた旗だけを持っていた。
「主は、あなた方が来ることを知っていました。」
声の主は女だった。
ハルトの忍――モモチ。
鋼のような瞳が夜に光る。
「天童ナオヤ。神崎リン。雨宮ユウト。朝倉ミヤビ。鏡ヒロト。
主は、あなた方をヴェルマリア城に招待します。」
「囚人としてではなく――“客”として。」
ユウトは剣を抜いた。
「……何の罠だ?」
モモチは微笑んだ。
「罠ではありません。
主はただ、“裁く前に、その目でご覧になってほしい”のです。
自分が築いた、この世界を。」
ナオヤはためらった。
仲間たちは彼の言葉を待っていた。
リンが口を開いた。
「罠だったとしても、結局死ぬなら……同じよ。」
ナオヤは息を深く吸い込んだ。
「……行こう。」
モモチは静かに頭を下げた。
「――黄金の太陽は、あなた方を待っています。」
彼らが城へ向かって歩く中、
ナオヤは金色に輝く塔を見つめた。
そして――この世界に来て初めて、
「死」ではなく、
「真実」に怯えた。
かつて憎んだ“悪”が、
――正しかったのかもしれないという、恐怖。
朝日が昇り、空を金に染めていく。
最も高い塔の上で、ハルトはそれを見ていた。
「――裁きが、始まる。」
――つづく。




