黄金の囁き
エルタリアの鐘は、三日間鳴り響いた。
最初は、ハタナカ将軍の要塞を焼き尽くした炎のために。
次に、彼の死がもたらした静寂のために。
煙はまだ谷に漂い、
農民たちも、兵士たちも、商人たちも――
灰色の空を、怯えと、そして希望の入り混じった眼差しで見上げていた。
誰も、正確に何が起きたかを知らなかった。
ただ、将軍の軍勢が壊滅し、
その廃墟の中に、金の瞳を持つ男が
灰の中を歩いていたという目撃談だけが残っていた。
市場の広場では、噂が渦を巻いていた。
「神罰だって話だ…」
「いや、悪魔だ。あんな破壊は人じゃない。」
「バカを言うな! 俺のいとこが見たって言ってた。
太陽みたいに燃える剣を持ってたって。」
杖を握った老女が、静かに呟く。
「…黄金の太陽が…再び目覚めたんだよ…」
その言葉は、火薬のように国中へ広がっていった。
神殿も、貴族も、それを止めることはできなかった。
街では、祭司たちが人々をなだめようとしていた。
「偽りの預言者に従うな!
王国は、いまだ英雄たちに守られている!」
だが、その声を発する彼ら自身が、
わずかに震えていた。
そして夜の帳が降りるころ、
人々は密かに祈り始めていた。
王にでも、神にでもなく――
名もなき男へ。
腐敗を裁く、姿なき救世主。
その瞳に、太陽の光を宿す“執行者”へ。
遥か離れた洞窟で、ハルトは静かに地図を見つめていた。
赤い印が幾つも刻まれていた。
信者が現れた村々。
名が囁かれた神殿。
奇跡の噂。
アウレリアが傍に来た。
「…民が、変わり始めてる。」
ハルトは頷く。
「恐れは、分け合えば弱まる。
でも信仰は…広がるほど強くなる。」
焚き火の横で、カオリはアポロンの剣を見つめていた。
剣は石の上で静かに輝いていた。
「…神のように見られるの、怖くないの?」
ハルトはわずかに微笑んだ。
「俺は神じゃない。
ただ、“神すら間違える”という証だ。」
マルガリータが声を上げて笑う。
「はは、アンタ…天を征服しようって気か?」
「違うよ」ハルトは立ち上がり、
ゆっくりと答えた。
「天を――“再建”するんだ。」
その夜。
遠く離れた小さな村で、
ひとりの少女が金色の蝋燭の前で祈った。
「ねえ…もし“黄金の太陽”が聞いてるなら…
お母さんを守ってください…」
風が吹いた。
だが、蝋燭の火は消えなかった。
少女は笑った。
知らなかった。
その瞬間――
遥か遠くの洞窟で、ハルトの紋章がかすかに光ったことを。
まるでその祈りに、答えたかのように。
翌日、城では貴族たちが密かに話し始めた。
「“金の瞳の男”の話を禁じるべきだ」と。
ある者は言った。
「いや…この国には、新たな象徴が必要かもしれない。」
そうして誰も気づかぬうちに、
“ハルト・アイザワ”という名は――
囁きとなり、祈りとなり、そして“恐れ”となった。
無能とされた英雄。
神に見捨てられた男。
灰の中を歩く、黄金の太陽。
――つづく。
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