灰の決戦
風は鉄と灰の匂いを運んでいた。
ハタナカ将軍の要塞は、呪われた神殿のように燃え上がり、
炎は空を橙に染めていた。
兵たちはすでに逃げ去っていた。
ただ一人、彼だけが剣を握り、煙の中を揺らめく影を見つめていた。
その時、ひとつの影が炎の中を恐れずに越えてきた。
その身の周りでは空気が歪み、まるで現実が彼を避けていた。
黒いマント。金色の瞳。
ハルト・アイザワだった。
「お前か…」と将軍は歯を食いしばり、呟く。
「ただの学生だったはずだ。力も、魔法も、未来すらなかったくせに。
なのに今…今や国を滅ぼす存在か!」
剣を掲げる将軍。
だがハルトは沈黙のまま歩を進めた。
その一歩ごとに、炎が震え、まるで彼に跪くかのようだった。
「ここまで来るのに…何を犠牲にしたと思っている!」将軍は叫ぶ。
「王に仕え、魔物を斬り、部下を墓に送った!
お前は…お前はそんな努力を、見世物のような幻術で台無しにした!」
ハルトは数メートル手前で立ち止まり、
静かな眼差しで見つめた。
「俺の幻術じゃない、将軍。
お前の“嘘”が国を滅ぼしたんだ。」
将軍は怒声と共に突進する。
炎を纏った剣が空を裂いた。
ハルトは静かに、アポロンの剣を抜く。
金の刃が戦場を照らした。
剣が交差した瞬間、雷鳴のような音が響いた。
衝撃波が壁を崩す。
将軍の一撃は燃えさかる山。
ハルトの動きは光の奔流。
「何も分かっていない!」将軍は絶叫しながら斬りつけ続ける。
「国には“恐れ”が必要だ!“秩序”が必要だ!
従わなければ、すべては混乱に沈む!」
ハルトはその剣撃をいなし、光の弧を描くように反撃した。
「ならばお前の秩序は、屍の上に築かれている。
それを平和とは呼ばない。」
将軍は一歩退き、息を荒くし、
鎧からは煙が上がり、剣は手の中で震えていた。
だがその瞳にはまだ誇りが宿っていた。
「お前は…“失敗”だったはずだ。力も才能もないただの召喚のミスだ!
どうして…俺に抗える!?」
ハルトはかすかに笑みを浮かべた。
「その通りだ。
俺には何もなかった。
だが“痛み”が、俺に力を教えた。」
空気が金色のルーンで満ちる。
光の粒が彼の周囲に浮かび、円環を描く。
――《ガチャ:アポロンの祝福 ─ 昇華モード》
神性のエネルギーが体を包み、
瞳は純金に染まり、アポロンの剣が太陽の炎を宿す。
将軍は剣を掲げ、咆哮する。
「俺は戦士として死ぬ!」
「いや――」とハルトは炎の中を歩み寄る。
「お前は、“人”として倒れる。」
次の瞬間――沈黙。
空を裂いたのは、金の閃光。
将軍の剣が、真っ二つに折れた。
ハタナカの体が膝をつく。
鎧には亀裂が走り、
瞳には、もはや誇りの光はなかった。
「なぜ…なぜお前なんだ…?」
ハルトは静かに彼を見つめた。
「神々は、もはや“英雄”を選ばない。
選ばれるのは、“結果”だ。」
将軍はかすかに微笑んだ。
「妻と…子供たちは…?」
「無事だ。」ハルトは穏やかに告げた。
「いつか彼らは知るだろう。
父が、間違っていても…“信じたもの”のために戦ったと。」
炎は戦場のすべてを焼き尽くす。
ハルトは剣を掲げ、地面に突き立てた。
黄金の閃光が爆ぜ、炎をすべて鎮めた。
風が灰を巻き上げ、
大地に灰のヴェールを敷いていく。
霧の中から、アウレリアとカオリが歩み寄ってきた。
「終わったのか?」とアウレリアが尋ねる。
ハルトは剣を納めながら答えた。
「いや――
王国は、やっと“誰が支配するか”を理解し始めたところだ。」
遠くで、エルタリアの鐘が空虚に響く。
英雄の堕落の噂が、王国全土に広がっていく。
そして、その一語ごとに――
“ハルト・アイザワ”という名が、伝説となっていった。
――つづく。
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