「二つの世界:闇と揺りかご」
氷室は静まり返っていた。
アストラ・ノクスが一人で入り、二人の衛兵が震えながら彼の背後で扉を閉めた。
前王の遺体は霊氷の塊の上に置かれていた。魔法を使わずに保存されていた氷は、どうしても溶けなかった。
アストラはかがみ込み、死者の胸に手を置いた。
彼の表情はたちまち硬直した。
「肉体の傷ではない…
悪魔の呪いでもない…
人間の魔法でもない…」
彼は知覚を広げた。
彼の手から紫色の波が放たれた。
レアンドロスは一瞬、目を開けた。
真っ暗だった。
アストラは一歩後ずさりした。
「…」
遺体の口が動いた。
それは彼の声ではなかった。
「魂は…空っぽになった。」
アストラは唾を飲み込んだ。それは途切れ途切れで遠く響く声だった。
人間ではない。
「あなたは誰ですか?」
「飢え…が目覚めさせる…」
死体の目が閉じられた。
氷は目に見えない力に砕け散った。
アストラは即座に結界を展開した。
「これは憑依ではない…これは…消費だ。」
彼女は突然の痛みを感じ、胸に手を当てた。
暗い脈動が部屋中に響き渡った。
「ハルト…これは帝国を滅ぼすことができる。」
彼女は通信クリスタルを取り出した。
「アストラ・ノックスよりハルトへ。緊急報告。」
一方、太陽帝国では、ハルトがお気に入りの肘掛け椅子に座り、遠くから様子を見ていた。
オーレリア、カオリ、そしてマグノリアが、ごく普通の家庭的な光景を繰り広げている。
オーレリアはルシアンを胸に抱き、優しく叩いてゲップをさせた。
香織は、微笑みながら髪を掴もうとするセレネを抱きしめた。
マグノリアは魔法のガラガラを持って床に横たわった。
「セレネ、これ見て!ちょっと音がするのよ。」
「きゃあ!」セレネはクスクス笑った。
ルシアンは真剣な表情だったが、オーレリアが頬を撫でると、彼はリラックスした。
ハルトはかすかに微笑んだ。
何年もぶりに、人生が…普通に感じられた。
香織は顔を上げてハルトと視線を合わせた。
「何?私たちが可愛すぎて、メロメロなの?」
マグノリアは笑った。
「ハルト、否定しないで。パパでいるのが楽しいでしょ。」
オーレリアは目を輝かせ、囁いた。
「ハルト…ありがとう。
あの… ...手錠が凍りついた。
ハルトは眉をひそめた。
「アストラだ。」
彼は答えた。
「話せ。」
水晶の中からアストラ・ノクスが現れた。彼女の表情はこれまで以上に真剣だった。
「ハルト…
すぐに私の話を聞かなければならない。」
ハルトは空気が重くなるのを感じた。
「何が起こったの?」
アストラはためらわずに言った。
「レアンドロス王は死んでいない。
彼は呑み込まれた。
彼の魂は…引き裂かれた。」
手錠の色が薄れた。
オーレリアは本能的にルシアンを胸に抱きしめた。
香織はセレーネを抱きしめた。
ハルトはゆっくりと立ち上がった。
彼の表情が変わった。
「アストラ…
人だったの?
神様だったの?」
アストラは首を横に振った。
「違う…
それは彼らよりも古い何かだ。
そして、それは目覚めつつある。」
ハルトは拳を握りしめた。
「遺体を守れ。誰にも近づけるな。」
アストラは頷いた。
「ハルト…
レアンドロスだけじゃない。
これはメッセージだった。」
ハルトは寒気を覚えた。
彼の声は凍りついた。
「私へのメッセージ?」
アストラは視線を落とした。
「あなたと…
あなたの子供たちのために。」
オーレリアは静かに口を覆った。
香織はセレネを強く抱きしめた。
マグノリアは震えながら窓の外を見つめていた。
ハルトは深呼吸をした。
「アストラ…
行く。」
ガラスが暗くなった。
手錠が彼を見つめた。
オーレリアは目を輝かせながら囁いた。
「ハルト…これは…あの赤ん坊たちと何か関係があるの?」
ハルトは頬に手を当てた。
「誰にも触らせない。
神にも。
怪物にも。
影にも。」
マグノリアは深呼吸をした。
「つまり、戦争になる…ってことか?」
ハルトは頷いた。
「ああ。人類がかつて経験したことのない戦争だ。」




