『黄金帝国の、穏やかな一日』
ハルトは、皇帝の寝室で目を覚ました。
朝の柔らかな陽射しが、部屋を静かに温めている。
右側では、アウレリアが大きな抱き枕を抱えながら、深く眠っていた。
そのお腹には、わずかながら確かなふくらみがある。
左を見ると、カオリが軍事報告書を読んでいた。
……が、頬には枕の跡がくっきり残っている。
そして――
マグノリアは当然のように、仰向けで豪快にいびきをかいていた。
帽子をかぶったまま、まるで猛牛のように。
ハルトは小さくため息をついた。
「……どうして、こうなったんだろうな」
カオリが本を閉じる。
「問題だらけの女性三人と結婚した。
答えはそれだけよ」
その声に反応して、アウレリアがゆっくりと目を開いた。
「ん……ハルト……
赤ちゃんが、蹴ったわ」
ハルトはすぐに身を寄せ、そっと彼女のお腹に手を当てる。
――とん。
小さな感触。
彼は、そのまま固まった。
「……本当だ。
本当に……子どもができたんだな」
アウレリアは微笑む。
「私たちの子よ。
男の子か、女の子かは……まだ分からないけど」
その瞬間。
「なにィィ!? 赤ちゃんが蹴っただと!?
私にも触らせろ!!」
マグノリアが跳ね起きた。
「ちょ、ちょっと! マグノリア、押さないで!!」
アウレリアが慌てる。
カオリは即座に一言。
「……慎重にしなさい、この筋肉バカ」
ハルトは顔を覆った。
(朝から騒がしすぎる……)
食堂は広く、豪華だった。
だが――雰囲気は完全にカオスだった。
マグノリアは衛兵たちに「ウエボス・ランチェロス」の作り方を教え、
カオリはトーストをかじりながら地図を確認し、
アウレリアは――二人分の勢いで食べていた。
ハルトは苦笑する。
「……アウレリア、ちょっと食べるペース早くないか?」
彼女は頬を膨らませる。
「お腹すくの。
赤ちゃんもお腹すいてるの。
それに……すごく美味しいのよ」
カオリが即座に言う。
「ハルト、妊婦に文句を言うなんて正気?
死にたいの?」
マグノリアも腕を組む。
「その通りだ!
食いたいだけ食わせろ!
十人分でもいい!!」
アウレリアは赤くなった。
「……十人分はさすがに……
三人分くらいで……」
衛兵たちが小声で囁く。
「皇妃様、可愛すぎる……」
「こんな姿、初めて見た……」
ハルトがちらりと睨むと、全員一斉に黙った。
アウレリアは散歩をしたいと言い出した。
「外の空気を吸いたいの。
それに……赤ちゃんの服も見たい」
警備を付けて市場へ向かうと、人々はすぐに集まってきた。
「アウレリア様!!」
「赤ちゃんの具合は?」
「ハルト様、ありがとうございます!!」
アウレリアはとても嬉しそうだった。
カオリは無言で周囲を警戒し、
マグノリアは大量の荷物を軽々と抱えていた。
アウレリアが、小さな白いおむつを手に取る。
金色の刺繍入りだ。
「ハルト……
これ、似合うと思う?」
彼はそれを見て、優しく笑った。
「君に似てたら……
きっと、完璧だ」
アウレリアは真っ赤になり、危うく落としかけた。
カオリがぼそっと呟く。
「……この男、やる時はやるのよね」
マグノリアは大笑いした。
「HAHAHA!!
甘すぎて見てられん!!
完全にラブコメじゃねぇか!!」
夜。
アウレリアはハルトの膝に頭を預け、
カオリはお茶を淹れ、
マグノリアは銃の手入れをしていた。
ハルトは、銀色の髪を優しく撫でる。
「……体調はどうだ?」
「ええ……」
彼女は小さく囁く。
「でも……少しだけ、怖いの」
ハルトは姿勢を正した。
「怖い?」
「何かが……見ている気がするの。
とても古くて……
私たちの子どもを狙っている“何か”」
カオリが、カップを落とした。
マグノリアも、初めて真剣な顔をした。
ハルトはアウレリアの手を強く握る。
「誰だろうと関係ない。
神でも、怪物でも、人間でも――
俺が生きている限り、
誰にもこの子は触らせない」
アウレリアは目を閉じ、安心したように微笑んだ。
「……分かってる。
だから、あなたのそばにいると……怖くないの」
カオリが腕を組む。
「明日は防衛の再確認よ」
マグノリアも頷く。
「新しいドラゴンの訓練もだ!
空気が怪しい!!」
ハルトは静かに頷いた。
「……ああ。
でも今夜は、休もう」
アウレリアは、ハルトの手を取って、そっと自分のお腹に当てた。
「おやすみ……パパ」
ハルトの心臓が、一瞬止まった。
「……おやすみ。
アウレリア」




