「神の計画と城壁の崩壊」
鍛冶工房は完全に崩壊していた。
亀裂、火花、立ちこめる煙。
瓦礫の中で、顔の半分を血に染めたまま――
アカシは目を覚ました。
彼はハルトを見た。
そして悟った。
――終わりだ、と。
「ハルト……く……くく……
お前を甘く見たのが、最大の過ちだった……」
ハルトは、感情のない視線で彼を見下ろした。
「最後の一手は何だ。
アルファと神々が、お前の最終計画だとは思っていない」
アカシは、折れた歯を見せて笑った。
「もちろん違う……
あれは前座だ。
本当の計画……
俺の“遺産”は――」
血を吐きながら、かすれた声で続ける。
「《神の計画》は……
俺がいなくても、続く……」
ハルトは眉をひそめた。
「……それは何だ」
アカシは震える手を上げ、空を指さした。
「お前が殺した神々は……
ただの管理者にすぎない。
この世界を本当に支配している存在は……
まだ眠っている」
呼吸が荒くなる。
「《神の計画》とは……
そいつらを――
目覚めさせる方法だ……」
ハルトの背筋に、冷たいものが走った。
「……どんな怪物を解き放つつもりだ」
アカシは弱々しく笑った。
「怪物じゃない……
この世界の“原初のシステム”だ。
お前が壊した神々は、
古代文明が作った模造品にすぎない」
目が揺れる。
「だが……
本物――
《原初神》は……」
震える声で、最後に告げる。
「……あれは殺せない、ハルト……
お前でさえ……」
ハルトは一歩、前に出た。
「……どこにいる」
アカシは笑った。
「それは……
すぐに知ることになる」
ハルトは彼の首をつかんだ。
「言え」
「言わない……」
アカシは、最後の笑みを浮かべる。
「俺の天才で……世界が燃えるのを、見ろ……ハル――」
――バキッ。
首が折れる音。
アカシの身体は、命を失って崩れ落ちた。
その瞬間、カオリが工房に駆け込んできた。
「ハルト……!」
彼は死体から目を離さなかった。
「……まだ終わっていない」
その頃――
ハルトがアカシの真実と向き合っている間、
アガメトスとその軍勢は、すでに
《城壁都市》の門前に到達していた。
大陸最強の防衛国家。
決して破られたことのない城壁。
投石機が岩を放ち、
兵士たちが進軍する。
レアンドロスの子らが持つ神兵が、眩く輝いていた。
王妃を連れ去った裏切りの王子は、
鎖につながれ、父である王の前に跪いていた。
「父上! お願いです!
許してください!
愛していたんです! 私は……!」
王は蒼白だった。
息子を見ていない。
彼の視線は――
その背後にあった。
ハルトが召喚した、
《ダイヤモンドの巨人》。
戦争の悪魔のように、都市へ進軍してくる存在。
王は膝をついた。
「神よ……
こんな……あり得ぬ……」
城壁が崩れ落ちる。
内部の兵士たちは蹂躙された。
アガメトスが神剣を携え、都市に入る。
王は震える声で言った。
「アガメトス……
頼む……
平和を考えてくれ……」
返事は――剣だった。
一撃。
迷いのない、心臓への刺突。
王はその場に崩れ落ち、死んだ。
その瞬間、王子が叫ぶ。
「父上えええ!!
お願いだ、アガメトス!
許してくれ!
俺は――!」
ダイヤモンドの巨人が、
虫をつかむように王子を掴み上げた。
アガメトスは冷たく言い放つ。
「我が王国から――
王妃を奪う者はいない」
巨人の手が閉じられる。
――ぐしゃり。
嫌な音だけが響いた。
都市は、完全な沈黙に包まれた。
第三幕 ― 裏切られた女王
この戦争の発端となった女――
王妃は、アガメトスの前に引き出された。
彼女は震えていた。
その瞳に、憎しみはない。
あるのは――恐怖だけ。
「ア、アガメトス……
私……騙されていたの……
何も知らなかった……
お願い……殺さないで……」
アガメトスは黙って彼女を見つめた。
美しい女。
戦争の原因。
そして同時に――
犠牲者でもあった。
兄であるレアンドロスが、静かに近づく。
「弟よ……
選択肢は三つある」
「一つ。処刑する――
絶対的な力を示す」
「二つ。王の側室として迎える――
王国を統合できる」
「三つ。自由にする――
だが、それは弱さと見なされる」
アガメトスは歯を食いしばった。
王妃を見つめる。
彼女は涙を流していた。
「お願い……
兵士たちの好きにはしないで……」
アガメトスは目を閉じた。
分からなかった。
この戦争が始まって以来――
偉大なる王は、
初めて迷っていた。
ハルトは原初の太陽の力を使って空を翔け、
アガメトスの前へと降り立った。
兵士たちは道を開いた。
王は彼を見据える。
「……何の用だ、ハルト?」
ハルトは静かに答えた。
「アカシは死んだ。
だが……奴は“何か”を残していった。」
アガメトスは眉をひそめる。
「何だと?」
ハルトは空を見上げた。
「奴は言っていた。
俺たちが倒した神々は取るに足らない存在だと。
本当の“原初”――
真のプリモーディアルたちが……
目覚め始めている、と。」
風が止んだ。
世界が息を潜めたかのような沈黙。
そして、この章はこうして幕を閉じる。
泣き崩れる王妃。
決断できずに立ち尽くすアガメトス。
そして――
もはや安全とは言えない空を、
静かに見つめるハルトの姿で。




