分裂する王国 2
たった三日。
それだけで、噂は王国全土に広がった。
「服従の魔女」──ツキシロ女王が倒れた。
「歌の女神」──アヤカ・フジモリもまた、失墜した。
そして、都に残っていた最後の英雄は──
逃げたという噂だけが残された。
街の辻では、叫びが響く。
「王国は英雄を失った!神々が裁きを下したのだ!」
「もう誰も、安全じゃない!」
民は広場に、神殿に、路地裏に集まりはじめた。
泣く者、叫ぶ者、そして──
反乱を語る者たち。
「英雄ですら死ぬのなら、従う意味はあるのか?」
「貴族は我々を利用しているだけだ。民が治めるべきだ」
「将軍を倒せ!裏切り者は奴だ!」
混乱の種は、確かに撒かれた。
恐怖は、ゆっくりと炎に変わっていった。
──
玉座の間では、松明の炎が揺れ、
まるで評議員たちの震える声を映しているようだった。
アルブレヒト三世王。
その顔は蒼白に染まり、病に伏す中、
臣下たちの言葉を刃のように浴びていた。
「陛下、戒厳令の発布を!」
「民が蜂起するぞ!やめるべきです!」
「将軍に罪をかぶせましょう!誰かが責任を負うべきだ!」
王は痩せた手で玉座の肘掛けを叩いた。
その動きは弱々しくも、怒気を含んでいた。
「──黙れ!」
瞬時に、沈黙が広がる。
王は苦しげに息をつきながら、言った。
「……だが、真実はなんだ。
英雄たちは神に罰せられたのか?
それとも、裏切られたのか?」
誰も答えられなかった。
その場を満たしたのは──疑念という名の沈黙だけ。
──
将軍リュウスケ・ハタナカは、自らの司令室で報告書に目を通していた。
だが、その眉間には深い皺が刻まれている。
兵たちは、以前のように敬意を持って彼を見なかった。
代わりに宿していたのは、恐れと不信だった。
「裏切り者」「英雄殺し」「黒幕」──
そんな言葉が、城壁の外で囁かれている。
妻・サヤカが部屋に入ってきた。
その表情には、不安がはっきりと現れていた。
「リュウスケ……民の間で、あなたが全ての元凶だって……
英雄を排除して、権力を得ようとしたって言われてるわ」
将軍は黙ったまま、暖炉の火を見つめていた。
その目は深く沈み、疲れていた。
「……お前も、そう思うのか?」
「……私は信じてる。でも……民がそう思えば、それだけであなたは終わりよ」
彼は拳を握った。
「俺はこの国に全てを捧げた。
仲間を、部下を、友を失いながら……
それなのに今は“裏切り者”か」
サヤカは彼の前にひざまずいた。
「なら……逃げて。今なら間に合う」
だが彼は、硬い声で答えた。
「逃げない。
王国が敵を求めているなら──
俺を“敵”と呼ぶ時、その目を見ながら言わせてやる」
──
遠く離れた森。
ハルト・アイザワは焚き火の前で静かに座っていた。
周囲には、アウレリア、カオリ、マルガリータ、モモチ、セリナ、そしてセリスが集まっていた。
「……噂はもう、勝手に広がっている」
ハルトの声は落ち着いていた。
「民は反旗を翻し、王は病に倒れ……
そして、次に狙われるのは将軍だ」
セリスが視線を伏せた。
「それも……主が仕組んだ噂、ですか?」
ハルトは首を振った。
「今回は違う。
王国自身が真実を撒いたんだ。
俺はそれが、肥えた土に落ちるのを見守っただけさ」
アウレリアは腕を組み、口元を引き締めた。
「つまり……次は、彼と向き合うときね」
「そうだ」
ハルトはうなずいた。
「だが──憎しみではなく、策で動く」
カオリがゆっくりと顔を上げた。
「……もし、その将軍が……他の腐った連中と違うなら?」
しばらく沈黙したあと、
ハルトは低く、静かに答えた。
「ならばそれは──
これまでで最も難しい“試練”になるだろうな」
夜は一層冷たくなっていった。
村では、人々が古びた農具を手にし、二度と膝をつかぬと誓いを立てた。
神殿では、神官たちが口論していた──
「神々はこの世界を見捨てたのではないか」と。
そして王都では──
軍の影が城壁を覆い尽くし、戦の予兆が空気を染めていた。
分断されたこの王国に、英雄の姿はもうない。
あるのは恐怖だけ。
だが、その中でただ一人──
すべてに立ち向かう覚悟を決めた男がいた。
ハルト・アイザワ。
黄金の太陽の執行者。
――つづく。




