「呪いを砕く太陽」
テロスの死によって、
空はなおも暗く沈んでいた。
ハルトの腕に刻まれた黒い刻印は、癒えなかった。
まるで“目”のように脈打ち、今にも開こうとしている。
デイビッドは一歩下がり、青ざめた。
「ハルト……
その呪いは魂に侵入しようとしている。
抑えなければ、他の神々に感知される。
君の本質に……触れられてしまう」
アウレリアは震える手で彼の手を握った。
「ハルト……お願い……
連れて行かれないで……」
ハルトは深く息を吸い、もう一方の手を掲げた。
「触らせない」
そして、起動した。
ガチャスキル
《Re-Draw Forbidden ― レベルΩ》
今まで一度も使ったことのないガチャ。
命と意志そのものを代価とする、禁断の再抽選。
空が裂け、
星々が引きずり込まれるように歪んだ。
背後に黄金の円環が出現し、
その圧力だけで軍勢が後退する。
デイビッドは目を覆い、
アウレリアは恐怖で息ができず、
ネフェルカラは膝をついた。
「……そのガチャ、この世界で許されているの?」
ハルトは笑った。
「いいや。
だからこそ――今日、歴史を変える」
彼は円環に手を突っ込んだ。
神性エネルギーが内側から彼を引き裂こうとする。
「――ぐああああっ!!」
アウレリアが叫ぶが、デイビッドが止めた。
「今止めたら、呪いに喰われる!!」
円環が爆発した。
ハルトの手に落ちたもの――
武器ではない。
遺物でもない。
召喚獣でもない。
それは――
**“浄化”**の一文字が刻まれた、
黄金の護符だった。
ハルトはそれを握りしめ、腕に叩きつけた。
BOOOOOOM――!!
神の呪いが悲鳴を上げた。
刻印は蠢き、焼き尽くされる。
空に響く、上位神の怒号。
「――不遜なる人間!!
その呪いは天冠によって刻まれたものだ!
貴様にその権利は――」
ハルトが叫んだ。
「――黙れ!!」
護符が砕け、
光が戦場すべてを包み込む。
光が収まった時――
呪いは消えていた。
腕は、完全に元通りだった。
ハルトはゆっくりと顔を上げる。
「天冠に伝えろ。
俺に――お前たちの力は通じない」
デイビッドは座り込んだ。
「……ハルト……目覚めたんだ……」
アウレリアは泣きながら抱きつく。
「……生きてる……本当に……」
ネフェルカラは微笑んだ。
「上位神の呪いを破壊するなど、
砂漠の大神官でも不可能だ。
お前の伝説は、さらに膨れ上がる」
だがハルトは黙っていた。
――感じていたからだ。
何かが、近づいている。
ハルトの艦隊が次々と帰還する。
フロストベイン姉妹。
ダリア。
ミラ・ミラージュ。
セレス。
ヴァイオリニスト。
ラスベガスの魔女。
守護オートマタたち。
全員、勝利していた。
しかし――
誰の顔にも喜びはなかった。
ライラ・フロストベインが口を開く。
「ハルト……
王子たちは倒した。けど……」
フロストレーンが続けた。
「……死んでいない。
魂が離れる前に、何かが回収した」
セレスはライフルを下ろす。
「人間の魔法じゃない……
見たことのない力だった」
ラスベガスの魔女が幻視を展開する。
黒い渦が、王子たちの身体を呑み込む。
そこから、声が響いた。
「――王冠へ連れて来い」
ハルトは拳を握り締めた。
アウレリアが震える。
「……ハルト……
それって……神々が……」
ハルトは静かに頷いた。
人の踏み入れぬ次元。
嵐に包まれた玉座の間で、
六柱の神が集っていた。
時の神 アイオン。
死の女神 モリアス。
深淵海神 ペラグロス。
完全戦争神 アルゲネス。
夢と呪術の女神 ニュセリス。
永炎神 イグニヴァル。
死の女神が告げる。
「テロスは堕ちた。
……人の手によって」
アルゲネスが石卓を叩いた。
「許されぬ!
神性を侮辱する者は抹殺せよ!」
ペラグロスが闇の触手を揺らす。
「王は魂を捧げた。
使者として受け入れるか?」
イグニヴァルが燃え上がる。
「承認。
絶望した王ほど、戦争に向く駒はない」
ニュセリスが囁くように笑う。
「王子たちは我らの手にある。
神の使徒へと造り変えましょう」
最後に、時の神が語った。
「黄金の太陽は、我らの呪いを破った。
……前例はない。
つまり――」
六柱は、空席の玉座を見つめた。
モリアスが囁く。
「……天冠の王は、
何を命じる?」
太古の声が、世界を震わせる。
『ハルト・アイザワを抹殺せよ。
――狩りを開始する』
ハルトは地平線を見つめていた。
アウレリアが、そっと彼にもたれかかる。
「ハルト……これから、どうするの?」
ハルトは一瞬、目を閉じた。
答えは、あまりにも明確だった。
「――これからだ」
「天に喧嘩を売る戦争を、始める」
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