「異端者の出現――アカシと、奪われた王子の真実」
ハルトの召喚によって生じたエネルギーの嵐は、
なおも破壊された海岸線の上で脈動していた。
アルゴシア軍の兵士たちは混乱し、後退する。
誓約諸島は、崩壊寸前だった。
アガメトスが槍を掲げる。
「ハルト! 前進するぞ!!」
だが――
ハルトは、一歩も動かなかった。
その視線は、
大海原に突き刺さっている。
――何かが、降りてくる。
空からではない。
海の底からでもない。
フラクタルに歪んだ門。
まるで世界そのものが裂けるような、次元の傷から。
兵士たちは、凍りついた。
竜たちは咆哮を上げる。
召喚獣たちは、防御陣形を取る。
そして――
一人の男が、
裂け目の向こうから歩み出た。
灰青色の髪。
裂けた白衣。
機械のように空虚な瞳。
――アカシ。
だがそれは、
かつての震え、科学に憑かれた男ではなかった。
今のアカシは――
冷たく、真っ直ぐで、
何も宿していない。
「やあ、ハルト」
穏やかな声で言う。
「君の見世物を邪魔してしまって、すまないね」
アガメトスが唸る。
「貴様……! 裏切りの科学者か! 俺が――」
ハルトが、静かに手を上げた。
「下がれ、アガメトス」
「……こいつは、俺の敵だ」
その時、
略奪王子が船から降り立った。
だが――
その歩き方は、人間のものではない。
動きは、硬く。
正確で。
人工的。
ミラージュが、低く呟く。
「……あれは、テロンじゃない」
リラが、ライフルを構える。
フロストレインの背筋が凍る。
セナは、一歩後ずさった。
テロンが、無機質な声で告げる。
「戦闘システム……起動」
「第一目標:
ハルト・黄金の太陽」
アカシは、満足そうに微笑んだ。
「美しいだろう?」
「アルゴシアでは、
無垢な王子だと信じられていた」
「だが実際は……
最高の素材だったんだ」
ハルトは、目を細める。
「……素材、だと?」
アカシは、
曇った小さな結晶を掲げた。
「そう。
**器**だ」
「イカロ・オメガと同系統だが、
より高性能で、
より適応性が高い」
「……より、人間に近い」
「――いや、
元は人間だった、か」
その真実は、
雷のように戦場へ落ちた。
テロンは、もはや人間ではなかった。
彼は、
王子の肉体を基盤に造られた
有機ゴーレム――
ハイブリッド存在だったのだ。
アガメトスは、言葉を失う。
「……何てことを……」
アカシは、
恐ろしいほど穏やかに笑った。
「奪われた王が出来なかったことを、
俺がやっただけさ」
「――完璧な戦士を、創った」
誰もが、
ハルトが立ち止まると思った。
分析すると思った。
新たな召喚を行うと――。
だが。
ハルトは、
死など存在しないかのように
アカシへ向かって歩き出した。
黄金のオーラが、
燃え上がる。
「アカシ」
低い声で告げる。
「前は……逃げたな」
アカシは、
軽く首を傾けた。
「ああ。楽しかったよ」
ハルトは、拳を握り締める。
「今回は……」
「逃がさない」
兵士たちが、震えた。
風が止まり、
海でさえ――静まり返る。
アカシは、
ゆっくりと瞬きをした。
「君は、いつもそう言う」
「だが――
一歩先にいるのは、俺だ」
そして、
指を鳴らした。
――その瞬間。
再鍛造王子・変貌
テロンの皮膚が、
黒い亀裂となって走る。
瞳は、
完全な赤へと染まり。
生きた鉱石の装甲が、
両腕からせり出した。
砕けた王冠が、
彼の頭上に浮遊する。
「ユニット:テロン‐Ω」
「アサシンモード:起動」
遠方で、
カオリが剣に手を掛けた。
「ハルト! 危ない!!」
だが――
ハルトは、動かない。
ただ、笑った。
「……それだけか?」
テロンが、消える。
次の瞬間――
ハルトの目前に再出現した。
拳が、
黄金の結界へと叩きつけられる。
¡¡BOOOOOOM!!
衝撃は、
木々、船、岩塊を粉砕し、
兵士たちを宙へ吹き飛ばした。
アガメトスは、
仰向けに倒れる。
「ハルト!!」
リラの叫び。
煙が、晴れる。
――ハルトは、立っていた。
彼は、
テロンの腕を掴み――
握り締めた。
CRACK
アカシが、
初めて目を見開く。
「……なに……?」
ハルトは、
ゆっくりと告げる。
「お前と……
俺の違いはな……」
さらに、力を込める。
黒い破片が、
テロンの腕から弾け飛んだ。
「――俺は、
止まらない」
アカシは、
一歩――後ずさった。
恐怖に満ちた、
その一歩。
ハルトは、
まっすぐ彼を指差した。
「聞け、アカシ」
「この戦争が終わったら――」
「次は、
俺がお前の番だ」
大地が、震えた。
海が、裂ける。
空が、
闇に覆われていく。
――何かが。
――誰かが。
ハルトの覚醒に、
応え始めていた。
アカシは、
唾を飲み込む。
「……嘘だ……」
「そんなはずが……」
ハルトは、
一歩踏み出す。
そのオーラは、
爆発する太陽のように膨れ上がる。
「覚悟しろ、アカシ」
「今回は――」
静かに、
だが確実に告げた。
「逃げ場は、ない」




