『不敗の目覚めと、戦争の地図』
島の野営地は、
張り詰めた緊張に満ちていた。
何千もの兵が、
固唾を呑んで待っている。
――今日、
何かが起こる。
誰もが、そう感じていた。
中央には、
ハルト、アガメトス、
そしてオドリアスが立ち、
演習を見守っていた。
その背後――
タリオスが、歩いていた。
不壊の戦士。
かつて、
城塞王国の王子が
王妃を守るために振るった神剣により、
致命の毒を受けた男。
あの一撃は、
タリオスを
数か月にわたり死の淵へ追いやった。
だが――
今日、彼は立っている。
ハルトは、腕を組んだ。
「……どれほどの力が、
残っているか見せてもらおう」
アガメトスが、
高く手を掲げる。
「我が戦士よ!
谷の王国が、
なぜ滅びなかったか――
示せ!!」
兵たちは、息を止めた。
二十体の訓練用ゴーレムが、
隊列を組んで進み出る。
ハルトは、
驚くほど静かな声で言った。
「――全て、壊せ」
タリオスは、
深く息を吸い――
消えた。
――ドォン!!
一体のゴーレムが、
山肌へと叩きつけられ、爆散する。
兵たちは、
言葉を失った。
別の一体が、
巨大な腕を振り上げる。
タリオスは、
片手でそれを掴んだ。
「……思ったほど、痛くないな」
バキッ――!
腕を引き千切り、
その破片で
さらに五体を叩き潰す。
数秒後――
二十体、全滅。
大地が震え、
野営地は完全な静寂に包まれた。
タリオスは振り返り、
ハルトとアガメトスを見る。
「……傷は、
まだ浄化が必要だ」
「だが――
戦える」
セラフィーネが、
疲労を隠せぬ声で言う。
「無理をしないで。
同種の神毒を再び受ければ、
呪いが目覚めます」
アガメトスは、
震える声で呟いた。
「……再び立つ姿を見られるとは……
まだ、希望は残っている」
ハルトは、
わずかに微笑んだ。
「……戦争は、
ここからだ」
兵たちが、
一斉に咆哮する。
「――タリオス!!」
「――不敗!!」
「――ハルト様のために!!」
「――谷の王のために!!」
カリュトス島。
城塞都市への、
最前線。
オドリアスが、
地図を広げた。
「城塞王国エリンドロスは、
これまでの敵とは違う」
「三重の魔法城壁」
「民に愛される王子」
「反発なく迎えられた王妃」
アガメトスは、
歯を食いしばる。
もはや“裏切り”とは呼ばなかった。
真実は、
あまりにも単純だった。
「……我が妻は、
自ら彼を選んだ」
「誘拐ではない。
だが――
我が王国にとって、
耐え難い屈辱だ」
ハルトは、
冷静に答える。
「あなたは、
一人では戦わない」
「これは、
一王の問題ではない」
「――大陸全体の
安定を揺るがす行為だ」
オドリアスは、
海路を指し示した。
「城塞王国の王子は、
簒奪者ではない」
「正統な継承者だ。
――だからこそ、
最も危険だ」
「国全体が、
彼を支持している」
ハルトは、
地図の上に
三つのガチャ封印を置いた。
「ならば、
まず支えを断つ」
「王子ではない。
――まだ、だ」
アガメトスが、
顔を上げる。
「……策は?」
ハルトは、
淡々と告げた。
「城塞都市を支える
三つの同盟島を制圧する」
「補給を断ち、
援軍を止め、
艦隊を奪う」
「そうなれば――
城は、
門を開かざるを得ない」
オドリアスが、
笑みを浮かべる。
「……見かけによらず、
冷酷だな」
ハルトは、首を振った。
「冷酷じゃない。
効率的なだけだ」
そして、
その瞳が
闇を帯びた太陽のように輝く。
「……王子が、
戦場に出てきた時」
「――俺が、
相手をする」
アガメトスは、
ゆっくりと頷いた。
――戦争が、
ついに
現実の形を持ち始めた。
王子は、
側近たちと会議を行っていた。
その時――
使者が、慌てた様子で駆け込んでくる。
「――王子殿下!!
カリュトス島より、急報です!」
「……戦士タリオスが、
生存しているとのことです!」
王子の表情が、
一瞬で凍りついた。
タリオス。
――この世で、
唯一、自身と力を並べ得る男。
「……そうか」
王子は低く呟く。
「また、立ち上がったか」
重臣が、慎重に口を開いた。
「殿下……
彼は自国にとっては
裏切り者ではありません」
「しかし、
もしアガメトス王が
王妃を取り戻すために動けば……」
「これは、
全面戦争となりましょう」
王子は、
ゆっくりと神剣を手に取った。
「ならば、来るがいい」
「この城は――
決して、落ちぬ」
だが――
その瞳に宿る光は、
これまでのものとは違っていた。
恐怖。
――つづく




