『セロンが堕ちた時――幻想もまた、崩れ落ちた』
アルゴシア最上階の塔で、
エヴァンダーは地平線を見つめていた。
目を見開いたまま。
知らせは、雷のように落ちてきた。
――兄セロン、敗北。
――そして、捕縛。
――相澤ハルトの手によって。
エヴァンダーの手から、杯が滑り落ちる。
床に広がる赤い液体は、
まるで血のようだった。
「……嘘だ……
こんなこと……起こるはずがない……」
その傍らで、
王妃ヘランドラは唇を強く噛みしめていた。
――彼女には、分かっていた。
アルゴシアは、もはや守られていない。
恋人は、“運命に守られた存在”ではなくなった。
この逃避行は、
ロマンスなどではない。
死刑宣告だ。
「……エヴァンダー……」
震える声で、彼女は囁く。
「ハルトは……
この大陸の弱い王たちとは違う」
「彼は……
私たちを見た。
裏切りの瞬間を、すべて」
エヴァンダーは、
怒りに任せて壁を殴った。
「黙れ!!
あの男が、
アルゴシアに挑むはずがない!!」
「世界最強の城壁があるんだ!!」
ヘランドラは、一歩退く。
「……でも、
あなたにはセロンがいない」
「レアンドロス王の後ろ盾もない」
「そして……
今やアガメトスは、
あなたの没落を祝っている」
エヴァンダーは、
勢いよく振り返った。
「……父が?
それを、喜んでいると……?」
ヘランドラは、目を閉じた。
「いいえ……
あなたのお父様ではない」
「ヒリリオン王――
アガメトスよ」
「彼は、
ハルトが“すべての敵を破壊する存在”だと信じている」
「……そして、
私たちを“問題の一部”だと見なしている」
エヴァンダーの呼吸が、詰まる。
「……ヘランドラ……
俺たちは……どうすれば……」
彼女は、唾を飲み込んだ。
「……もしハルトが来たら、
止められない」
「城壁でも、
ゴーレムでも、
嘘でも……」
エヴァンダーは、
膝から崩れ落ちた。
「……終わりだ……
俺たちは……」
◆ 一方その頃:
神に選ばれし王、レアンドロス
――十二の征服王国を招集す
黒大理石の古代コロッセオ。
松明が、一本ずつ灯されていく。
神々に選ばれし王、
レアンドロスは、
集められた王たちを見下ろしていた。
砂漠の王。
氷原の王。
密林の王。
山岳の王。
――十二の王。
そのすべての瞳に、
恐怖が宿っている。
レアンドロスの周囲を、
沈黙の嵐のような神性が包んでいた。
「聞け」
その声は、
雷鳴のようにコロッセオを震わせた。
「我が兄は辱められた」
「我が血は踏みにじられた」
「そして――
異邦人、相澤ハルトは、
自らが王ではない地に
帝国を築けると思い上がっている」
重苦しい沈黙。
レアンドロスは、手を掲げた。
空中に、
黒き光の槍が形成される。
王たちは、反射的に後退した。
「神々は、
この俺を“代行者”として選んだ」
「世界の均衡は――
この手に委ねられている」
その瞳が、燃え上がる。
「よって、ここに宣言する」
「――相澤ハルトに対する
聖戦を開始する」
王たちは、震えた。
「従わぬ者は――
我が剣により、死ぬ」
「ついて来ぬ者は――
我がサンダルの下で、
石のように砕かれる」
長い髭の王が、
震える声で口を開いた。
「……し、しかし陛下……
あの男は……
セロンの島を滅ぼし……
神兵を破壊し……
竜を召喚すると……」
レアンドロスは、微笑んだ。
「――素晴らしい」
「だからこそ、
語り継がれる戦争になる」
地図を指し示す。
「最初の目標だ」
「ハルトが艦隊を強化する前に――
島々を制圧する」
別の王が、呟いた。
「……もし、
ハルトが陸路から来たら……?」
レアンドロスは、
神槍を高く掲げた。
その瞬間、
コロッセオ全体が
天上の炎で照らされた。
「――その時は」
「黄金の太陽を、
完全に沈めてみせよう」
ミラージュが、
封蝋の施された羊皮紙を手に、
静かに戦略室へ入ってきた。
「……ハルト。
南部からの報告よ」
ハルトは、視線を上げる。
「……何が起きた?」
ミラージュは、深く息を吸った。
「レアンドロス王が――
あなたに対する“聖戦”を宣言した」
「配下にあるすべての王国が、
戦争に参加するそうよ」
ハルトは、目を細めた。
アウレリアは、
反射的に腹部へ手を添える。
フロストレーンは、
魔導銃を強く握り締めた。
ミラージュは、さらに続ける。
「それと……
エヴァンダーとヘランドラは、完全に動揺している」
「彼らは理解しているわ。
――あなたが、
自分たちを討ちに来る可能性があると」
ハルトは、低く答えた。
「……その認識は、正しい」
黄金の瞳が、
静かに、しかし激しく燃え上がる。
「――戦争は、
今この瞬間から始まった」
―つづく―




