『屈辱の王の拍手』
黄金太陽帝国の戦略室は、静まり返っていた。
ハルトは、
巨大な石の卓上に広げられた地図を見つめている。
係争地。
海上航路。
支配下の島々。
不安定な地域――。
フロストレーンとミラージュは、
後方支援と物資輸送について議論していた。
アウレリアは、
片手を腹部に添えたまま、
静かに全体を見守っている。
――その時。
扉が開いた。
「ハルト」
急ぎ足で入ってきたアイリスが言う。
「……少し、奇妙な報告が届いたわ」
ハルトは顔を上げた。
「奇妙、とは?」
アイリスは一枚の書簡を卓上に置いた。
「ヒリリオン王国――
アガメトスの国に潜り込ませた密偵からよ」
「どうやら……
セロン王子の島の陥落を、
祝っているらしい」
ハルトは目を細める。
「……祝っている?」
「ええ」
アイリスは淡々と答える。
「“黄金の太陽が、我が敵を焼き尽くしますように。
あの異邦人に、乾杯を”――だそうよ」
アウレリアが、眉を上げた。
「……それ、
あなたを称賛しているの?」
ハルトは、ため息をついた。
「……あの男……」
フロストレーンが、くすりと笑う。
「王妃の件で、
溜飲が下がったんでしょうね」
ミラージュも続ける。
「それに、
あなたがアルゴシアの同盟網を削ったと
理解している」
ハルトは額を押さえた。
「俺は、
あいつのために動いたわけじゃない」
「セロンが人を攫い、
兵器を隠し、
アカシに協力していたから潰しただけだ」
アウレリアは、苦笑する。
「でもアガメトスにとっては……
あなたは“望まずして現れた英雄”なのよ」
ハルトは、低く呟いた。
「……泣き言を言う王の役に立つのは、
心底うんざりだ」
アイリスは、書簡を指で叩いた。
「それだけじゃないわ」
「アガメトスは、
馬を用意させて南へ発った」
「弟――
レアンドロスに会いに行くらしい」
ハルトの手が、地図の上に落ちた。
「……それは、厄介だな」
ミラージュが首を傾げる。
「どうして?
あなたを称えているなら……」
ハルトは、ゆっくりと首を振る。
「アガメトスは、
俺に挨拶しに行くわけじゃない」
「レアンドロスに――
“俺が脅威だ”と吹き込むつもりだ」
フロストレーンが、理解したように息を吐く。
「ああ……
レアンドロスは、今や神に選ばれた王」
アウレリアは、
不安げに目を閉じた。
ハルトは、深く息を吸う。
「その通りだ」
「恨みを抱えた王と、
神性を得た弟……」
「――それは、
戦争を避けられない配合だ」
一方、廊下では、
兵士たちが興奮気味に囁き合っていた。
「聞いたか?
アガメトス王が、
皇帝ハルトを絶賛してるらしいぞ」
「“不浄を裁く太陽”だってさ!」
「島を一つ、
たった一人で滅ぼしたって!」
「さすが、我らの皇帝だ!!」
――その声を遠くに聞きながら。
ハルトは、顔を覆った。
「……勘弁してくれ。
勝手に神話にするな……」
背後から、
アウレリアがそっと抱きしめる。
「……嫌でも。
もう、そういう存在なのよ」
ハルトは答えなかった。
黄金の瞳が、
静かに、しかし確実に硬質さを帯びる。
「……もし、
レアンドロスがアガメトスと手を組めば」
「――世界は、
本当に変わる」
その夜、
息を切らした使者が駆け込んできた。
「――ハルト陛下!
ヒリリオン王国より、緊急の書簡をお届けします!」
ハルトは受け取り、開いた。
短い。
――あまりにも、短い。
『相澤ハルトへ。
貴殿の行動に、感謝する。
だが、これだけは忘れるな。
我が弟レアンドロスは、
世界の均衡を乱す者を決して赦さない。』
――ヒリリオン王
アガメトス
ハルトは、乾いた笑みを浮かべた。
「……礼を言いながら、
同時に脅してくるとはな」
アウレリアが、
そっとハルトの剣に手を添える。
「……どうするの?」
ハルトは、迷いなく答えた。
「――いつも通りだ」
「前に進むだけだ」
その瞳に、
黄金の太陽が再び灯る。
「――止まる気は、ない」
―つづく―




