『アガメトス、嗤う――島の陥落が運命を動かす』
ヒリリオン王、アガメトスの宮廷は、
引き絞られた弓のように張り詰めていた。
――だが、その空気は一言で切り裂かれる。
「陛下!!
セロン王子の島が――
陥落しました!!」
王は跳ね起きた。
若き日の戦場を思わせる、獣のような気迫で。
「……何だと?
あの傲慢な王子の島が、敗れたと?
誰が、そんな偉業を成し遂げた!?」
「相澤ハルトでございます、陛下」
その瞬間、
アガメトスの口元が歪んだ。
――危険な笑み。
「……あの男か。
あの男は……
一勝で、我が恥を砕いた」
側近たちが、視線を交わす。
アガメトスは玉座を叩き、
血に飢えた戦士のように笑い出した。
「ハハハハハ!!
アルゴシアは弱体化した!!
エヴァンダーは、もう逃げ場を失ったぞ!!」
一人の顧問が、慎重に口を開く。
「陛下。
エヴァンダーは、
その妻と共にアルゴシアへ亡命したと……」
「分かっている!!」
アガメトスは唸る。
「だが、セロンが倒れた今、
均衡は崩れた」
「――アルゴシアは、
もはや不落の地ではない」
使者が、続けて報告する。
「……さらに。
ハルトは、
アカシが造り上げた巨大神兵も破壊しました」
アガメトスは、驚いたように振り向く。
「……あの裏切りの錬金術師か?
半大陸を蹂躙した、
忌まわしき天才の産物を?」
「はい。
イカロス・オメガは、完全に破壊されました」
アガメトスは、
愉悦を隠さず舌を鳴らす。
「……相澤ハルト。
秩序を壊す男だな」
「王も、錬金術師も、
恐れぬ存在か」
老いた大顧問が、口を挟んだ。
「陛下……
それはつまり、
ハルトが有力な同盟候補になり得るということでは?」
だが、アガメトスは首を横に振る。
「違う。違うな」
「あの男は、
命令できる相手ではない」
「――自然災害のような存在だ」
「制御しようとする者は、愚か者だけだ」
使者は唾を飲み込み、
最後の報告を告げた。
「……陛下。
アウレリア――
彼の竜姫が……懐妊しております」
謁見の間が、凍りついた。
アガメトスは、
ゆっくりと首を傾げる。
「……竜と人の血を引く、後継者か?」
「それは……実に、面白い」
そして、
さらに獰猛な笑みを浮かべた。
「ハルトが、
アルゴシアの同盟網を削ったのなら――」
「今こそ、
我が失われたものを取り戻す時だ」
将軍の一人が、恐る恐る問う。
「……陛下。
それは、王妃様を……?」
アガメトスの瞳が、燃え上がった。
「違う」
「――我が名誉だ」
アガメトスは、決意に満ちた大股で謁見の間を後にした。
「――馬を用意しろ。
直ちに、弟レアンドロスに会いに行く」
側近たちは慌てて後を追う。
「陛下……援軍を要請なさるおつもりで?」
アガメトスは首を振った。
「いいや。
――礼を言いに行く」
「……なぜ、ですか?」
アガメトスは足を止め、
天を仰いだ。
「なぜなら――
今や相澤ハルトは、
我らの“共通の敵”を討つための完璧な武器となったからだ」
宮廷が、凍りついた。
「ま、まさか……
陛下は、ハルトと同盟を――?」
アガメトスは、尊大な笑みを浮かべる。
「違う。
――同盟ではない」
「だが、
あの男の“影”は利用させてもらう」
彼は馬に飛び乗った。
若き日の闘志を思わせる、荒々しい気配で。
「行くぞ、弟レアンドロスのもとへ!」
「大陸は燃え始めている――
我が誇りだけが、最後に灰になるつもりはない」
高らかな笑い声を残し、
アガメトスは南へと駆け出した。
―つづく―




