『王子の墜落――沈黙する神剣ニクテマール』
黒き結界は、瀕死の生物のように震えていた。
外ではアウレリアが総攻撃を指揮し、その衝撃が一撃ごとに玉座の間を揺らす。
砕けた鏡の迷宮に追い詰められたセロンは、狂気に満ちた叫びを上げた。
「出てこい!!
正面から戦え!!
逃げるなァァァ!!」
だが、彼の斬撃が砕くのは――
幻影だけだった。
ニクテマールが、飢えた獣のように唸る。
『……もっと……
……まだ足りない……
……喰わせろ!!』
ミラが彼の前に現れた。
床からわずかに浮かび、亡霊のように。
その声は、千の鏡が反響するように重なる。
「ごめんなさい、セロン。
あなたの剣は“命”を欲しているけれど――
あなた自身には、もう未来がない」
セロンが反撃しようとした、その瞬間。
青い影が、二人の間に降り立った。
――フロストレーン。
冷え切った瞳と、死を約束する存在感。
さらに、瓦礫の上方では、
彼女の妹が狙撃態勢で状況を見据えていた。
フロストレーンは、氷の大鎌を一回転させる。
「ミラ……
一緒に終わらせよう」
ミラは微笑んだ。
「ええ。
――昔みたいに」
セロンは咆哮し、神剣を振るって突進する。
ミラは周囲すべての鏡を解放した。
それぞれが、異なる色を映し出す。
「――至高鏡術」
無数の光が収束し、
彼女の前に完全な白の虚無を生み出す。
フロストレーンが、大鎌を床へ突き立てた。
氷が爆ぜ、
濃紺の結晶槍が無数に生成される。
「――氷晶魔術」
二つの力が衝突した瞬間、
玉座の間は“ありえない光景”へと変貌した。
螺旋を描いて成長する蒼い氷。
現実を歪める、絶対白光。
ニクテマールが、過負荷に悲鳴を上げる。
『――ぐっ……!
……この光……
……この“欠如”は……痛い……!!』
セロンは剣で身を守ろうとする。
だが――
ニクテマールは、初めて後退した。
ミラが、両手を掲げる。
「リリー――今!!」
高所から、リリーが引き金を引いた。
魔力を使わない、
内爆機構付きの強化運動弾。
――――ドォォォォン!!
衝撃がセロンを吹き飛ばし、
複合攻撃の中心へと叩き込む。
そして――
ミラが、叫んだ。
「――アルベド・ゼロ
インターロック!!」
天井から、
絶対白の光線が降り注ぐ。
濃紺の氷が閉じ、
死の檻となる。
「ぐああああああッ!!」
セロンの絶叫とともに、
ニクテマールが金属音を上げ、断末魔のように軋む。
島全体を震わせる轟音。
――――クラァァァッシュ!!
王子は床へと叩きつけられ、
力尽きた身体を投げ出した。
その手にある神剣は――
ほとんど砕けかけていた。
ミラは膝をつき、荒く息を吐く。
フロストレーンも、肩で呼吸している。
上方から、リリーが降り立った。
ライフルを構えたまま。
「……終わったわね」
ミラは、首を横に振る。
「――まだ。
あの剣……
生きている」
――――ドォォォォン!!
神性結界が、ついに崩壊した。
光に包まれながら、
アウレリアはゼフィロンに騎乗したまま玉座の間へ突入する。
「ミラ!!
リリー!!
――無事なの!?」
三人は、疲労困憊のまま静かに頷いた。
アウレリアはドラゴンから降り、
床に倒れ伏す王子と、
亀裂だらけの神剣を見下ろす。
「……これは。
あなたたちが、やったの?」
ミラは、かすかに笑った。
「……チームワーク、です」
フロストレーンが、氷の大鎌を持ち上げる。
「……だが、
最後の一撃が、まだだ」
セロンは、震える手を伸ばす。
「そ……その剣を……
……俺を……見捨てるな……
……まだ……勝てる……」
神剣の影が、
這うように彼の方へ伸びようとする。
アウレリアは眉をひそめた。
「――いいえ。
その怪物は、二度と目覚めさせない」
彼女は槍を掲げ、
剣へと鋭く突きつける。
ミラとフロストレーンも、即座に構えた。
「――黄金の太陽の名のもとに
そして――
王国の安全のために」
アウレリアが叫ぶ。
「――この剣を、滅する!!」
三人の攻撃が、同時に放たれた。
――――バキィィィィン!!
ニクテマールは、
真っ二つに砕け散った。
闇の影は、
霧のように霧散し、
跡形もなく消える。
セロンは、その場に崩れ落ち、
完全に意識を失った。
――危機は、去った。
今は、まだ。
―つづく―




