「霧の島と予感」
黄金の太陽の船は、濃い霧の海をゆっくりと進んでいた。
夜明けの光がかすかに水面を照らす。
リリィ・フロストベインは銃を整え、わずかな音にも耳を澄ませていた。
隣では妹のローザがハンター帽を深くかぶり、無言のまま水平線を見つめている。
レディ・ミラ・ミラージュは、銀と金を基調とした外交用の衣装を揺らしながら、
まるで休暇に来たかのように手すりにもたれて景色を楽しんでいた。
その時、ローザがそっとリリィの肩に触れた。
素早い手話が続く。
「……近づいてる。嫌な気配。」
リリィは眉を寄せた。
—ローザは、遠くに“濁り”を感じるって言ってる。
ミラはため息をつき、余裕の笑みを浮かべた。
—ああ、氷の姉妹ちゃんたち。私は何も感じないわよ。
敵意も、殺気も、呪いも。
あるのは……あなたたちの“心配性”だけね。
ローザは無表情のまま、じっとミラを見つめた。
ミラは肩をすくめる。
—はいはい。分かったわよ。
でも集中しすぎると、見えるものも見えなくなるわ。
“影”ばかり気にしていると、“光”を見逃すの。
それでも不安は消えなかったが、姉妹は小さく頷いた。
まるで幕が開くように、霧が左右へ割れた。
黒い断崖の島が姿を現し、頂上には導きの狼煙が上がる。
港では、白い装甲に青い紋章を刻んだ二足の自動機兵たちが整列していた。
リリィは指を立てる。
—油断しないで。敵意はないけど……警戒している。
ミラは上品に笑みを浮かべた。
—まぁ、外交オートマタなんて素敵な出迎え。
人間より忠実ならいいけれど。
ローザは手話で静かに告げる。
「……好きじゃない。」
船が着岸すると、赤いローブを纏った侍女が一人、深く頭を下げて待っていた。
穏やかな表情だが、その瞳には緊張が滲む。
—霧の島へようこそ。
テロン王子がお待ちです。どうぞこちらへ。
石畳の小道を歩くたび、ねじれた木々が風にざわめき、
まるで囁き声のような音が続く。
ローザが再びリリィの袖を引いた。
「……近い。とても近い。」
リリィは声を潜める。
—ここに……何かがいるの?
ミラは前で立ち止まり、杖で軽く地面を叩く。
—もう、あなたたち……その“予感”で私が凍えそうよ。
でも安心なさい。
“嘘”を操るのは私。
“殺気を撃ち抜く”のはリリィ。
ローザは指を立てて自己主張した。
「……わたしも。」
リリィは笑った。
—そうだね。ローザは“死神より早く撃つ”んだから。
侍女が振り返った。
—皆さま……まもなく到着いたします。
円形の石造りの広場。
周囲には折れた柱が立ち並び、まるで古代の遺跡の中心のようだった。
その中央に、一人の男が待っていた。
紺色のマントを羽織り、軽装の鎧を身に着けた背の高い人物。
――テロン王子だった。
その表情は厳しく、
その立ち姿は指揮官の風格をまとっていた。
テロンは深く一礼する。
—「太陽の顧問殿。よくお越し下さいました。
ここは中立地帯であり……比較的、安全です。」
ミラは優雅な所作で礼を返す。
—「光栄ですわ、テロン王子。
ご招待、感謝いたします。」
その時、ローザがリリィの袖を引いた。
森のほうを指さし、素早く手話を送る。
「……動いてる。何かいる。」
リリィは即座に銃を構えた。
テロンはそれに気づき、わずかに頷く。
—「警戒心が強いようだ。
そのほうが、この会談には都合がいい。」
そして指を鳴らした。
—「案内しろ。」
赤いローブの侍女が一歩前へ出て、深く頭を下げる。
—「こちらへどうぞ。
会談の場はすでに整っております。」
リリィは歩き出す前に、ミラへ小声で言う。
—「気を抜かないで。
ローザは……強い“何か”を感じてる。」
ミラは自分の胸に手を当て、微笑んだ。
—「あらあら、お二人さん。
もし闇が戯れを仕掛けてくるなら……
“鏡の淑女”は、いつでも応じる準備ができているわ。」
そして三人は、遺跡の奥――
未知へと続く門をくぐった。
足を進めるたびに、大気がざわつく。
胸騒ぎだけが、確かな道標のように彼女たちを追い続けていた。
――つづく
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