「誇りの代償と、発明家の狂気」
アガメトス王の宮殿は、異様なほど静まり返っていた。
長い銀髪を揺らしながら、ヘランドラ王妃が怒りに満ちた足取りで玉座の間へ入ってくる。
侍女二人が止めようとするが、彼女は強い力で払いのけた。
アガメトスは玉座に座り、
レアンドロスと二十人の皇子・皇女から届いた戦況報告や地図を眺めていた。
「ヘランドラ。」
彼は視線を上げずに言った。
「今は口論をしている暇はない。大陸戦争が目前なのだ。」
王妃は机を強く叩いた。
「あなたの放置が生んだ戦争よ!」
「すべては、あなたの息子の“幼稚な欲望”から始まったの!」
アガメトスの肩がわずかに揺れた。
「……あれは知らなかっただけだ。」
ヘランドラは一歩踏み込む。
「それは、あなたが甘やかして育てたからでしょう!」
「幼い頃から、欲しいものは何でも奪えると思わせた。
土地も、権力も……そして“女”も。」
アガメトスは拳を握りしめた。
「彼には、レアンドロスが制裁を下す。
いずれ償いはする。」
王妃は冷たく笑った。
「償い? それが償いだと言うの?」
「あなたの兄は、二十人の継承者を集め、
神の加護を受けさせたわ。
大陸の半分がすでに炎に包まれている。」
「民は怯え、国は揺らいでいる……
それでもあなたは自分の過ちを認めようとしない。」
アガメトスの目に迷いが浮かんだ。
「私は……この道を望んだわけではない。」
ヘランドラは鋭く言葉を切る。
「望んだのは“止めないこと”よ!」
「王子を連れ戻すために、たった一言“謝罪”すれば済んだの。
条約でもよかった。
あの王子と直接話し合えば、
こんな惨事にはならなかった。」
彼女の声が震えた。
「けれどあなたは“誇り”を選んだ……
その誇りのせいで、これから何千、何万が死ぬ。」
アガメトスは目を閉じ、重い息を吐いた。
「もう……後戻りはできぬ。」
ヘランドラは背を向けた。
「後戻りは、いつだってできるわ。
“選ぶ”勇気さえあれば。」
ドレスの裾が揺れ、冷たい沈黙だけが玉座の間に残された。
赤い魔晶石だけが照らすその部屋には、
手描きで複製された図面が並んでいた。
二十の神具の設計図──
獅子神の魔術構造──
神殿から盗み出した霊紋──
アカシの顔には深い隈、丸まった背、そして狂気に近い光が宿っていた。
「神具……
古き神の祝福……
魔力すら必要としない純粋な力……」
彼は机に両手をつき、震える息を吐いた。
「もし……もしあのエネルギーを再現できれば……
“獅子の神火”のほんの一欠片でも盗めれば……」
アカシはひとりで笑い始めた。
その声は、正気の境界を踏み越えたように響いた。
「ガチャ王すら粉砕できるゴーレムを……
私は作り上げられる。」
その瞳は暗闇よりも深く沈み込んでいく。
「レアンドロスは、私が失敗すれば殺すと言った……
だが、私の創造物が完成した時……」
アカシの唇が歪んだ。
「王も、神も、英雄も……
誰一人として、私を止められなくなる。」
──カン。
金属音が響いた。
振り向くと、複製したイグニルクスの霊紋が、
まるで“神意”に応えるように赤く点灯していた。
アカシは一瞬だけ後ずさりしたが──
すぐに微笑んだ。
「そうか……わかったぞ……
獅子神の力は、“生体燃料魔術”と適合する……!」
視線の先には、透明なカプセル。
中では一人の女性が眠っていた。
魂に刻まれた“生核候補”の紋章だけが淡く光っている。
「王妃は言った……これは誇りの戦争だと。」
アカシの表情は、もはや人のものではなかった。
「だが、私にとって……これは神になるための道だ。」
霊紋が再び光を強めた。
アカシはためらわず触れた。
「獅子の神よ……
その神火が、機械の心臓を燃やせるか──
試してみようじゃないか。」
次の瞬間、
工房は爆発的な光に包まれた。




