「聞いてはならぬ海の歌」
◆ ミティの海底宮殿・静かな夜
帝国が祝杯を挙げていたその頃――
眠っていない者が一人だけいた。
ハルト。
珊瑚で作られた祭壇の前に座り、
水面に揺れる自分の顔をただ見つめていた。
封鎖。イーカロス。アカシ。島々の同盟――
そのすべてが、彼の肩にのしかかっていた。
「……皆を、死ぬかもしれない戦争に巻き込んでる。」
ハルトは久しぶりに、
“恐怖”という感情を許していた。
静かな潮流が、足元を撫でる。
青い光の中――
ミティが水面から現れた。
「ハルト……震えているわ。」
ハルトは答えない。
ミティは真正面に座り、
すぐ届く距離で彼の瞳を覗き込んだ。
「英雄だって恐れを抱く。
でも……あなたは皆の恐怖まで背負っている。」
ハルトは視線を落とした。
「俺が失敗したら……
アウレリアも、カオリも、マルガリータも……
みんな死ぬんだ。」
ミティは海のように冷たい手で、
彼の手を包んだ。
「だからこそ……失敗は許されない。」
ハルトは瞬きをする。
ミティは静かに語り始めた。
「地上の誰も知らないものを、あなたに見せるわ。
海が“王”と認めた者だけが見られる……真実を。」
ミティが小さく歌い始めた瞬間――
水が鏡のように開いた。
そこに映ったのは“記憶”。
燃え上がる海。
沈んでいく艦隊。
海底を歩くゴーレム。
そして――
イーカロス。
想像を遥かに超える巨体。
生物のように動く石の躯。
アカシですら理解していなかった“鼓動”。
その胸の奥――
ひとつの赤い光 が脈動していた。
ハルトは息を呑む。
「……あれが、心臓か?」
ミティは厳かに頷いた。
「あなたが皆を救いたいなら――
あそこを破壊しなければならない。」
ハルトは深呼吸し、目を閉じる。
「なら……俺はイーカロスを倒す。」
ミティはそっと指先でハルトの胸に触れた。
「ハルト……その道を選ぶなら、
もう後戻りできない。
一度イーカロスに姿を見られれば……
世界の果てまで追われる。」
ハルトは目を開いた。
その瞳に炎が宿る。
「構わない。
俺には妻たちがいる。
召喚した仲間もいる。
帝国も――俺を信じている。」
「俺は……負けない。」
ミティはしばらく彼を見つめ――
頬を赤らめた。
「ハルト……私、
地獄に踏み込む前に……言いたいことがあるの。」
「……?」
ミティは勇気を振り絞り、
震える唇で囁いた。
「生きて戻れたら……
私も……あなたの世界の一部になりたい。
あなたの……隣に……」
ハルトは目を見開いた。
神格の召喚、深淵の歌姫――
その想いは本物。
ミティがそっと顔を近づけた――
だが。
BOOOOOOM!!!
海底宮殿が爆音で揺れた。
水が震え、
青い結晶が砕け散る。
深海から響いたのは――
巨大すぎる声。
イーカロス:
『……見つけたぞ、ハルト・アイザワ。』
ハルトは立ち上がる。
ミティの顔が蒼白になる。
「嘘……!?
あの距離の魔力を感知するなんて、ありえない……!」
水が赤い光に染まる。
血ではない。
怒りでもない。
それは――
巨星のごとき“核光”。
イーカロス:
『沈める。
おまえも。
おまえの帝国も。』
ハルトが叫んだ。
「――アウレリア!! カオリ!! マルガリータ!!
全員、戦闘準備!!」
ミティはトライデントを構える。
「ハルト……
地獄の門は、もう開いたわ。」
ハルトは剣を握りしめた。
「だったら……
こっちが先に終わらせる。」
海が裂け、
イーカロスの影が“山の逆さ”のように迫り上がる。
世界が震え、
戦争は予定より早く、
――始まってしまった。
――つづく――




