『南の獅子:イリアンドロスのアキレウス』
◆ レアンドロス要塞 ― 巨像の中庭 ◆
レアンドロスは眠れなかった。
アガメトスが屈辱に震え、涙を流しながら戻ってきたその日から——
王は一つの結論に辿り着いていた。
「城壁を砕くには軍が必要だ。
だが、“意志”を折るには……怪物が必要だ。」
だからこそ、彼はここにいた。
王国最強の戦士だけが訓練を許される、禁断の中庭。
巨躯の兵士たちが、青銅の盾を打ち砕くような訓練を続けていた。
轟音が雷のように響く。
しかしレアンドロスが求めているのは彼らではない。
たった一人だった。
「……奴はいるか?」
王が問いかけると、隊長は緊張しながら答えた。
「陛下……彼は“客を待っていない”と。」
レアンドロスは笑った。
「上等だ。
優れた戦士ほど、傲慢でなくては困る。」
崩れた列柱の間を進むと——
中庭の中央で、金属で補強されたオークの丸太を叩き続ける巨大な影があった。
大理石の彫像のように鍛え上げられた体。
燃えるような赤髪。
腕と胸を走る無数の傷跡。
人間には扱えぬほど巨大な槍。
その背中は、まるで城壁そのものだった。
レアンドロスが口を開いた。
「——アジャクス。」
戦士の動きが止まる。
ゆっくりと振り返ると、猛獣のような金の瞳がこちらを射抜いた。
「また俺を呼ぶとはな……」
アジャクスは低く唸る。
「で、今度は何人殺せばいい?」
レアンドロスは曖昧さの欠片もなく答えた。
「必要なだけだ。」
アジャクスは槍を片肩に担ぎ上げ、真正面から王を見つめた。
「……誰だ?
お前がそこまで怒る相手は。」
レアンドロスは深く息を吸った。
「弟が辱められた。
妻を奪われ、城壁都市に挑まれ、
アカシという裏切り者は機械の怪物を造り、
そして今、太陽のハルトがこちらへ動いている。」
アジャクスは舌打ちした。
「……チッ。
お前でも手に余る数だな。」
レアンドロスは一歩踏み出す。
「だからこそ、お前が必要だ、アジャクス。
六つの王国が名指しで恐れる唯一の戦士……それが、お前だ。」
アジャクスは石畳を揺らすほどの勢いで槍を突き立てた。
「で、報酬は何だ?」
「栄光だ。
戦だ。
相応しい敵だ。
この大陸で最も堅牢な城壁。
ひとつの帝国が全てを懸けて抗う光景。
そして——他国の王、ハルトという男。」
その瞬間、アジャクスの瞳が鋭く輝いた。
そして——
彼は微笑んだ。
優しさなど一滴もない、
飢えた獣のような笑みだった。
「……ハルトか。
アウレリオを倒したという、あの男だろう?」
アジャクスはニヤリと笑う。
「“黄金の太陽”。
不敗の王。」
「その通りだ。」
レアンドロスは静かに頷いた。
「神々でさえ恐れる男——それがハルトだ。」
その瞬間、
アジャクスは腹の底から笑い出した。
豪快で、野性じみて、
まるで闘いそのものを欲する獣のように。
「……ハッ!
決まったな。戦う理由はそれで十分だ。」
アジャクスは一歩踏み出し、
空に向かって槍を突き上げた。
「高王たちを集めろ!
槍を研ぎ澄ませ!
軍船を出せ!」
そして咆哮した。
「このアジャクス・デウカリオンが——
その城壁を貫き、
異国の王の心臓をもぎ取ってやる!!」
レアンドロスは満足そうに目を細めた。
「ならば……戦は始まる。
この大陸は、
お前の名で震え上がるだろう。」




