「竜の炎と王の重荷」
黄金の太陽帝国に夜が落ちても、ハルトは眠れなかった。
アイリスとクララからの報告。
アカシの逃走。
アルゴシアの混乱。
まだ見ぬはずの“ある神託”の気配が、空気の中でざわめいている。
あまりにも多くの戦線。
あまりにも多くの敵。
あまりにも多くの重責。
ハルトは王城の主塔のバルコニーに手をつき、冷たい夜風を受けながら胸の奥の炎を押さえ込んでいた。
――ハルト……考えすぎよ。
背後から、やわらかい声がした。
アウレリアだった。
人の姿。
白いドレス、雪のような銀髪、暗闇に輝くエメラルドの瞳。
足音はほとんどなく、軽やかで優雅。
しかし、その身体に宿る力は誰よりも強い。
アウレリアはゆっくりと彼の隣へ歩み寄った。
「またその顔ね。
みんなに隠して背負い込もうとする時の、あの顔。」
ハルトはすぐには答えなかった。
彼女はそっと肩に頭を預けた。
「……何がそんなに気になるの?」
ハルトは目を閉じた。
「世界全体が変わりつつある……。
王たちも、帝国も、かつての仲間も……
俺自身が生み出した化け物すら、俺の方へ向かってくる。
そして俺は――」
彼女が顔を上げ、少し距離を詰めた。
「……怖いの?」
「俺のことじゃない。」
ハルトは低く呟く。
「お前たちを……失うのが怖い。」
アウレリアの目がわずかに揺れた。
それは“皇帝”でも“無敗の王”でも“黎明の君”でもない。
ただ、大切な者を深く愛する青年の表情だった。
アウレリアはそっと彼の手を取った。
その冷たい指が、彼の温かな指に絡む。
「ハルト……。
私は戦うために生まれたの。
竜の群れの中で、戦と灰の中で生きてきた。
でも……怖いと思ったことなんてなかった。」
彼は視線を向けた。
彼女の頬はわずかに赤く、どこか脆く、どこか愛おしい。
「――あなたに会うまでは。」
アウレリアは続けた。
「初めてなの……。
失いたくない“何か”ができてしまったのは。
あなたを……失うのが怖い。」
ハルトは彼女の頬に手を添えた。
「俺は消えない。
俺が生きている限り……お前も絶対に倒れさせない。」
唇が重なった。
最初はそっと。
次第に深く、言葉にならなかった想いが流れ込み、熱が重なる。
アウレリアの肩がわずかに震えた。
恐怖ではなく、胸の奥の感情が溢れたせいで。
「ハルト……」
そっと離れ、息を乱しながら囁く。
「あなたって……残酷ね。」
「残酷?」
ハルトは小さく笑う。
「だって……」
彼女は腕を彼の首に回し、額を胸に押し当てた。
「……竜に“自制”を忘れさせるんだもの。」
ハルトは彼女の雪のような髪を指で撫でた。
「アウレリア……」
夜風がふたりを包み込む。
静かで、冷たくて、しかしどこか温かい時間だった。
「……アウレリア。」
ハルトは低く呟いた。
「そばにいてくれて……ありがとう。」
アウレリアは微笑み、彼の胸に指を滑らせた。
「いつまでも一緒よ。
私はあなたの“炎”。
そしてあなたは……私の“太陽”。」
ふたりは寄り添ったまま、夜に照らされた帝都を見下ろした。
静かな時間。
嵐の前の、わずかな安らぎ。
――そしてふたりとも理解していた。
夜が明ければ、世界が求めるのは
血であり、決断であり、力であることを。
しかし今だけは……
この瞬間だけは……
彼と彼女だけが存在した。
竜の娘と、その王。
読んでくださって本当にありがとうございます。
もし少しでも楽しんでいただけたなら、
評価 やブックマークで応援していただけると嬉しいです。
一言の感想でも、とても励みになります。




