沈黙の女王
ガラスの時計が真夜中を告げた。
青の宮殿では、ほとんど完全な静寂が支配していた。唯一それを破るのは、ベッドに横たわるアルブレヒト三世王の不規則な呼吸音だけだった。
かつて張りのあった肌は青白くなり、水の杯を持つ手さえ震えていた。
その傍らで、ツキシロ王妃が言葉もなく彼を見つめていた。
その表情は穏やかだったが、鋼のような灰色の瞳の奥には嵐が潜んでいた。
「なぜ…まだそんなことをしている、王妃よ?」と、王はかすれた声でつぶやいた。
「誰かが秩序を保たなければならないからです」
「その代償に何を…?」彼は咳き込みながら言った。「見てみろ、お前が招いた結果を。民は争い、英雄たちは疑いを抱いている…それでも秩序だと?」
王妃は拳を握りしめた。
「混沌が支配すれば、皆が死にます」
「それより悪いこともある…」王は目を伏せた。「奴らが…戻ってくる」
空気が凍りついた。
宮殿では誰も、その言葉を口にしなかった。
魔族。
かつて、英雄たちが召喚されたとき、魔族は滅ぼされたと告げられた。
それは、清く栄光に満ちた勝利とされた。
だが、王妃は真実を知っていた。
彼女は次元の裂け目を封印した場に立ち会っていた。
すべてが死んだわけではない。
封印された者もいれば…ただ姿を消した者もいた。
そして最近、北の山々にある魔の裂け目が、再び闇の力を帯びて光り始めていた。
寺院の僧たちは、話す影や、肉体を喰らう光の存在を報告していた。
政府はそれを隠したが、噂は広まっていた。
「もし英雄たちが知れば…」王妃は囁いた。
「王国は崩壊するだろう」王は沈んだ目で答えた。「だが知らなければ、理由も分からず死ぬことになる」
王妃は返さなかった。
ただ静かにうつむき、迷子の子供のようにため息をついた。
部屋を出ると、廊下には誰もいなかった。
足音の反響が、遠くで轟く嵐の音と混ざり合っていた。
「いつから、すべてを見失ったのか…」と彼女は思った。
窓に映る自分の姿は、権力を持つ女でありながら、疲れきった女でもあった。
その秩序を保つために、名前も、家族も、人間性さえも捨てたのだった。
彼女はクリスタルの間へと歩いた。そこには今も青い魔法の糸が漂っていた。
鏡の前で、彼女は自らの映像に語りかけた。
「私は平和をもたらした…」
「お前がもたらしたのは沈黙だ」鏡の中の自分が、まったく同じ声で応じた。
「恐怖を封じることは、恐怖を滅ぼすこととは違う」
「ならば、その恐怖が再び語り始めたとき…お前はどうするのだ?」
鏡は千の光の破片となって砕け散った。
その後数週間で、噂は英雄たちの間に広がっていった。
最初に異変を感じたのはアヤカだった。舞台の上で、忘れられた魔族の名を囁く声が聞こえるようになった。
次にサトル、聖職者である彼の癒しの力が、“奇妙な”傷に対して効かなくなっていた。
二人は疑念を抱き始めた。
もし魔族がまだ生きているのなら、なぜ王と王妃はそれを隠すのか?
そして、隠しているのなら…他にも嘘があるのではないか?
闇に潜むハルトの情報網は、その隙を突いた。
魔族に関する噂は、彼にとって最も効果的な武器となった。
恐怖という名の種を撒くための。
その夜、レイナは城の封印された地下室へと一人で降りていった。
最年長の者だけが、そこに最初のポータルがあることを知っている。それは氷の層と古代の封印に覆われていた。
暗黒のエネルギーは眠る心臓のように脈動していた。
「まだ…」彼女は氷に手を置き、囁いた。「あなたを目覚めさせないわ。」
しかし、何かが彼女の声を聞いた。
向こう側から囁きが聞こえた。
「女王様…まだ嘘をついているのですか?」
魔女は震えながら後ずさりした。
氷が割れ、黒いため息が漏れた。
蒼の王国の静寂が破られた。
長年封印されていた過去が、今まさに目覚めようとしていた。
――つづく。




