「皇帝の家族──崩れゆく帝国」
深夜の風が、紅玉宮殿の窓を叩いていた。
レヴィウム帝国皇帝、アウレリアーノ五世は
戦争の鏡の前に座り込んでいた。
震える手。
映し出される絶望。
第一波──壊滅。
“ダイヤの巨神”による城塞の殲滅。
ハルトの止まらぬ進軍。
しかし、それよりも彼を不安にさせるものがあった。
皇妃と子どもたちが、姿を見せない。
その欠席は、焼けるような不安となって胸を刺し続けた。
玉座の肘掛けを叩く。
アウレリアーノ
「どこにいる……?
なぜ来ない……?
帝国が危機にあるというのに、なぜ私のそばにいない……!」
しかし誰も答えない。
兵士たちは目をそらし、
侍従たちは震えている。
アウレリアーノは深く息を吸い、命じた。
アウレリアーノ
「……連れてこい。
皇妃リリアーネ、
皇太子ローガン、
皇女セリアンヌ。
今すぐだ。」
息を呑むような沈黙。
やがて、兵士が震える声で告げた。
兵士
「……へ、陛下……
その……お三方は……
すでに宮殿には……おりません……」
アウレリアーノは凍りついた。
アウレリアーノ
「……今、なんと言った?」
兵士は頭を下げる。
兵士
「昨夜……
お逃げになりました。
……書き置きを残して。」
老齢の宰相が震える手で封筒を差し出した。
アウレリアーノは乱暴に奪い、開いた。
◆ 皇妃リリアーネの手紙
“愛しきアウレリアーノへ。
許してください。
私は、あなたが引き起こした戦争で
子どもたちが死ぬのを見たくありません。
あなたがハルトを呼んだ。
あなたが敵を必要とした。
そして今、その敵は玉座へと迫っている。
あなたの事情がどうであれ──
私は残れません。
私はあなたのように強くもなく、
あなたの側近たちのように盲目にもなれません。
私は子どもたちを連れて行きます。
ハルトに見つからない場所へ。
帝国の民が彼らを利用しない場所へ。
あなたの罪を背負わせずに済む場所へ。
もしあなたがこの戦を生き延びたら……
探しに来てください。
もし倒れるのなら……
……私がかつてあなたを愛したことだけ
憶えていてください。”
──リリアーネ
アウレリアーノの手から手紙が落ちた。
唇が震える。
その瞬間、彼はもう“皇帝”ではなかった。
ただの、すべてを失った男だった。
アウレリアーノ
「……リリアーネ。
違う……そんなはずは……
ハルトが……怖かったのか……?
それとも……私が……?」
返事はない。
長年押し殺してきた涙が、静かに溢れた。
アウレリアーノ
「ローガンも……
セリアンヌも……
みんな……私を置いて行ったのか……?」
拳で床を叩く。
アウレリアーノ
「ハルトォォォォッ!!
すべて貴様のせいだ!!
貴様が!
この帝国を壊し!
私の家族まで奪った!!
私の息子……
私の妻……
みんな……!」
その叫びは、夜の宮殿に響く哀哭のようだった。
側近たちは恐怖に後ずさる。
老宰相が震える声で言葉を紡ごうとした。
宰相
「へ、陛下……
もしかすると……ご家族は……」
だがアウレリアーノの怒号がそれをかき消した。
アウレリアーノ
「黙れェッ!!」
彼は玉座の前に崩れ落ちた。
顔を覆い、かすれた声でつぶやく。
アウレリアーノ(小声)
「リリアーネ……ローガン……セリアンヌ……
なぜ……
なぜ今……私のそばにいない……?」
その悲嘆はやがて──
憎悪へと変わる。
ゆっくりと立ち上がった彼の目は、血の色に染まっていた。
アウレリアーノ
「ハルト……
誓うぞ。
どんな犠牲を払おうと……
必ず貴様を滅ぼす。
魂が燃え尽きようとも……!」
側近全員が青ざめた。
皇帝の“最後の心の支え”はもう折れた。
ハルトが壊しているのは、国だけではない。
彼の心そのものだった。
帝国の国境──
今や瓦礫と灰だけが残る大地を、ハルトは静かに見つめていた。
その背に、そよ風に揺れる髪を押さえながらカオリが歩み寄る。
カオリ
「ハルト……
感じる?
帝国が……崩れていってる。
宮殿の中で、何かが“折れた”。」
ハルトはゆっくりと目を開き、
その表情は冷たく、そしてどこか哀しみさえ帯びていた。
ハルト
「……ああ。
アウレリアーノは、大切なものを失った。
王が家族を失ったとき──
……その王は“怪物”になる。」
カオリは息を呑む。
カオリ
「ハルト……
それって……危険ってこと?」
ハルトは首を横に振る。
ハルト
「いや。
むしろ“好機”だ。
絶望した怪物は……
行動が“読める”。」
黄金の光が彼の体を走る。
ハルト
「帝国はもうすぐ崩壊する。
アウレリアーノは、完全に“ひとり”だ。
そして──
ひとりの王に、
太陽は負けない。」
風が吹いた。
灰が舞った。
そして太陽の光の中で、ハルトの影は揺らめいた。
つづく




