「影と剣──守護者たちの誓い」
聖域の回廊は静まり返っていた。
窓から差し込む淡い金の光が、夜の気配と混ざり合い、長い影を作る。
カオリは手すりにもたれ、深い闇を見下ろしていた。
普段は揺るがぬ呼吸が、今日に限ってわずかに乱れている。
さきほどの光景──
アヤネの涙、ハルトの言葉、あの重すぎるオーラ。
それが胸の奥に刺さったままだった。
カオリ(小さく)
「……ハルト……変わってきてる。」
それは文句ではない。
小さな、誰にも言えない恐れ。
彼女だけが抱える不安だった。
後ろで、金属の音が鳴る。
カツン。
カツン。
カツン。
カオリは振り返らない。
わざわざ確認するまでもない。
マルガリータ・アルバレス──
“黒いチャーラ”。
黒い帽子を深くかぶり、危ういほど余裕のある歩き方で近づく。
マルガリータ
「また心配ごとかい、嬢ちゃん?」
カオリは唇を噛む。
カオリ
「……そんなに分かりやすい?」
マルガリータは手すりにもたれ、肩を並べる。
マルガリータ
「そりゃあね。
あんた、落ち込むとブーツの音まで弱気になる。」
カオリは視線を落とす。
カオリ
「ハルト……もう迷わない。
もう止まらない。
前は“越えてはいけない線”を怖れていたのに……
今は、その線を燃やして進んでる。」
マルガリータは薄く笑った。
それは知恵と疲れと、獣のような強さが混ざった笑み。
マルガリータ
「槍の姫さん……
あんた、ハルトがずっと優しいままだと思ってたんか?」
カオリは拳を握りしめる。
カオリ
「思ってない。
でも……
彼の大事な“人間らしさ”が消えていくのだけは、嫌なの。」
マルガリータが横目で見る。
マルガリータ
「勘違いすんな、カオリ。
ハルトは人間性を失っとらん。」
カオリは目を開く。
カオリ
「……じゃあ、何が……?」
マルガリータ
「王ってのはね、誰もが“怪物”を抱えて生きる。
ハルトはそれを、ようやく背負えるようになっただけさ。」
黒い革のコートがふわりと揺れる。
マルガリータ
「汚れずに勝つ王はいない。
太陽の背負う重さは、誰より重いんや。」
カオリは黙ったまま俯く。
その肩に、マルガリータは力強く手を置く。
マルガリータ
「でね、嬢ちゃん。
大事なことを言っとく。」
カオリが顔を上げる。
マルガリータ
「あんたは──ハルトの“剣”やない。」
カオリは瞬きをする。
カオリ
「……え?
じゃあ私は……?」
マルガリータは、今度は優しい笑みを向ける。
まるで姉のように、母のように。
マルガリータ
「あんたは、ハルトの“光が暴走せんように、影となる存在”だよ。」
カオリの心臓が跳ねる。
カオリ
「……私が……影……?」
マルガリータ
「そう。
あんたは彼を一番よく知っとる。
栄光の前から、称号の前から、国の前から。
ハルトにとって一番信用できるのは、あんたや。」
カオリは息を呑む。
カオリ
「……じゃあ、マルガリータは?
あなたは、彼に……?」
マルガリータはわずかに顔を逸らす。
苦く、暗い笑み。
マルガリータ
「うちはね、“恋”とかそういう甘い言葉は使わん。
ハルトとの関係は……別もんだ。」
言葉を待つカオリ。
マルガリータ
「うちはハルトに撃たれる弾丸で、
地獄から引きずり出す馬で、
影で汚れ仕事をやる存在。」
一歩近づき、声を落とす。
マルガリータ
「でもあんたは──
沈みそうなハルトの手を、唯一つかめる人や。」
カオリの瞳に、強さが戻っていく。
カオリ
「……本当に、そう思う?」
マルガリータ
「当たり前や。」
(トン、とカオリの胸を指で突いて)
「うちはハルトのためなら誰でも撃つ。
でも、あんたは……ハルトを“救える”。」
短い沈黙。
だがその沈黙には、揺るぎない敬意があった。
カオリの呼吸が整っていく。
深く、静かに。
カオリ
「……そっか。
なら──私はもう迷わない。」
マルガリータは親指を立てる。
マルガリータ
「その調子や。」
そして去り際に、ぽつりと言う。
マルガリータ
「カオリ。
もしハルトがいつか、真っ暗闇に落ちても……
最初に見える光は、あんたであれ。」
カオリは目を閉じる。
ゆっくり開く。
その目に、決意が宿った。
カオリ(心の声)
「ハルト……
たとえどんな闇に進んでも……
どれだけ遠くへ行っても……
私は──」
微笑む。
カオリ
「ずっと隣にいる。」
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