アヤネの憤怒と“第一核”の影
地下実験室には、底の見えない静寂が支配していた。
紫色の魔法陣の光が点滅し、
床には乾いた血が点々と残り、
儀式の残滓がルーンを汚している。
アカシはケージに閉じ込められた獣のように歩き回り、
荒い息を吐いていた。
アヤネは古代の魔鏡の前に立っていた。
白衣は灰と青い粉で汚れ、
赤い瞳が不安に揺れていた。
その時、黒い水晶が光を放った。
《警告:対象・如月ミヤコ──逃走》
アヤネは唇を噛む。
アカシは壁を拳で叩きつけた。
アカシ
「クソッ……! やっぱり迷っていたか!」
水晶が再び告げる。
《霊跡追跡装置──破壊を確認》
アヤネの胃が冷えた。
アヤネ(小声)
「……ということは、ミヤコは安全圏に辿り着いた。」
アカシ
「霊跡を“破壊”できる奴は、この世界に一人しかいない。」
アヤネの目が揺れる。
アヤネ
「……ハルト。」
アヤネは魔導地図へ駆け寄る。
逃走可能ルートの上に浮かぶ光の点──
北側に金色の印。
アヤネ
「嘘……。
まさか、彼のところまで……?」
アカシは静かに目を閉じ、怒りを噛みしめた。
アカシ
「わかるだろ。
ミヤコは“真実”を知ったんだ。」
アヤネは歯を食いしばる。
アヤネ
「ハナの……真実を。」
その名が落ちた瞬間、
魔灯がパチパチと音をたてて揺れた。
アヤネは生まれて初めて“恐怖”に似た感情を覚えた。
アヤネ
「もし……ハルトがハナの魂を解放したら……」
アカシが遮る。
アカシ
「ハルトがここへ来る。
俺たちを殺すためにな。」
アヤネは言葉を失った。
アカシは魔法陣を操作し、過去の映像を浮かび上がらせた。
笑うハナ。
教室で皆を助けるハナ。
儀式の中心で光に呑まれていくハナ──
叫び声が響き、そのまま消える。
アヤネは目を閉じた。
それでも、心の奥に“刺”は残っている。
深呼吸して、冷静を装う。
アヤネ
「……もしハルトが“核”を壊したら?
もし……ゴーレムを浄化できたら?」
アカシの肩が僅かに震えた。
アヤネ
「不可能と言い切れる?
ハルトは……今まで私たちが“絶対に無理”だと思ったことを、すべてやってきた。」
静寂。
アヤネは恐怖を押し殺し、
鏡の前に立ち直る。
アヤネ
「もしハナが解放されたら……
彼女の魂は喋る。
全部を暴く。」
アカシは返答しない。
拳だけが震えている。
アヤネは紫の水晶に手を置いた。
アヤネ
「――“アルファ級ゴーレム”を呼び出して。」
巨大な魔法陣が黒紫の光を放つ。
アヤネ
「ミヤコを消す。
ハルトの手札になる前に。」
アカシは彼女を鋭く見つめる。
アカシ
「……またクラスメイトを殺すのか?」
アヤネは一瞬も迷わなかった。
アヤネ
「ハナひとりで足りなかったのなら……
次の犠牲を捧げるだけよ。」
アヤネが封印陣を起動した、その瞬間――
パリンッ。
黒水晶が砕け散った。
そして、歪んだはずなのに妙に“鮮明な”声が響いた。
「高橋アヤネ。
……俺はもう、“すぐそこ”にいる。」
アヤネの血の気が一瞬で引いた。
アカシは、まるで世界が止まったかのように動きを止めた。
また声が届く。
「逃げ場なんて、どこにもない。」
それは――ハルトだった。
しかも、アヤネとアカシの
魔術通信網に直接“侵入”している。
アヤネは思わず後ずさりする。
呼吸が乱れ、心臓が跳ねた。
アヤネ(震えながら小声で)
「……これは……最悪だわ。」
――続く。




