皇帝の理
評議の大広間に封じられた扉が、轟音とともに吹き飛んだ。
冷たい風が流れ込み、かすかに残っていた灯りさえも消し去る。
大臣たちは本能的に膝をついた。
セレネが首を傾げる。
ハルトはゆっくりと顔を上げた。
皇帝オーレリアノ五世が姿を現す。
純金の儀礼鎧。
大理石を引きずる深紅のマント。
その足音は、古の神が大地を打つように響く。
そしてその瞳は――
幾千の戦を潜り抜けた石のように硬く、揺るがない。
皇帝はハルトの前で立ち止まった。
その瞬間、世界には
二人だけ しか存在しなかった。
評議も、セレネも、帝国も――消えた。
沈黙。
やがて、皇帝が口を開いた。
オーレリアノ
「ハルト・アイザワ。」
「我が首都に入り、
我が宮殿に入り、
我が評議にまで踏み込むとは――」
「何の権利があってのことだ?」
ハルトは微動だにしない。
月光のように冷たい声音で答えた。
ハルト
「そちらが植民地を征服したのと同じ権利だ。」
「――力の権利だ。」
セレネが満足げに微笑む。
皇帝は目を細めたが、動かない。
激情とは無縁。
本能的でなく――ただの捕食者。
オーレリアノ
「答える前に、一つ知りたい。」
「何故お前は――これほどのことをする?」
ハルトは壊れた机に手を置いた。
ハルト
「腐り切ったこの世界を、誰かが壊さねばならないからだ。」
皇帝は短く、乾いた笑いを漏らす。
墓場で鳴る落雷のように、冷たく重く。
オーレリアノ
「若さゆえの過ちだ。」
「世界は正義では救えぬ。」
「必要なのは正義ではない。」
「――秩序だ。」
皇帝が一歩進む。
床が揺れた。
オーレリアノ
「我が帝国は征服し、隷属させ、踏み潰してきた。」
「そうだ。」
「そして何度でも同じことをする。」
ハルトは目をそらさず問う。
ハルト
「理由を言え。」
皇帝は迷わなかった。
オーレリアノ
「この世界は弱い。」
「自由な国は堕ち、
“正義”を語る王国は崩れ、
平和を叫ぶ者ほど真っ先に死ぬ。」
声を低くし、火山の唸りのように響かせる。
オーレリアノ
「混沌を止めるのは鉄拳のみ。」
「秩序を保てるのは帝国だけだ。」
ハルトは目を細めた。
ハルト
「その“秩序”のために、どれほどの命を奪った?」
オーレリアノ
「必要なだけだ。」
セレネが鎌を握りしめる。
ハルトは皇帝に近づく。
近すぎるほどに。
空気が震える。
ハルト
「植民地は反乱し、
将軍たちは敗れ、
同盟は崩壊し、
お前のゴーレムも破壊される。」
「お前の完璧な世界は……崩れ始めている。」
皇帝は退かない。
その瞳は、獣の誇りで輝く。
オーレリアノ
「お前は誤差だ。」
「異物だ。」
「偶然の産物だ。」
「演説と甘い言葉と“ガチャ”で国を治められると思っている愚かな子供だ。」
ハルトは感情のない微笑を浮かべる。
ハルト
「それでも……勝っているのは俺だ。」
大広間に終末の沈黙が落ちる。
セレネは唇を舐める。
大臣たちは震える。
皇帝が暗い敬意を帯びた声で囁く。
オーレリアノ
「ハルト・アイザワ……」
「私は憎しみで征服するのではない。」
「野心でもない。」
「世界の重荷を背負う者が必要だからだ。」
「私がやらねば、この大陸は沈む。」
ハルトは首を傾ける。
ハルト
「帝国こそが解決だと?」
オーレリアノ
「帝国とは――代償だ。」
ハルト
「ならば壊す。」
皇帝は顎を上げる。
オーレリアノ
「やれるものなら。」
ハルト
「もう始まっている。」
影が震えた。
セレネが立ち上がる。
大臣たちが悲鳴を上げ、
廊下の兵士が駆け込み、
松明が一斉に消えた。
時間が止まる。
二人は互いを見据えた。
そして――
皇帝が最後の言葉を吐く。
オーレリアノ
「正義のために帝国へ来たのなら……」
「――正義のために死ね。」
ハルト
「ならばお前は……秩序のために死ね。」
――続く
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