「紅の再誕――リリアナ・ヴァエルが崩れた日」
精神世界は、砕け散る鏡のように崩壊した。
黄金の光は消え、
リリアナ・ヴァエルの叫びも、記憶も、抵抗も──
すべてを引き連れて消え去った。
そして──
無敗の将軍は、ひざまずいて震えていた。
両手は床をつかみ、
呼吸は途切れ、
誇りは音もなく粉々に砕け散っていく。
カオリ、アウレリア、マグノリア、モモチ、アイリス、クララ、エリーズ、ルナリア、そしてエミリス。
誰もが外周の円陣から見守りながら、
この恐るべき女戦士の“崩壊”を初めて目の当たりにしていた。
リリアナはゆっくりとハルトを見上げる。
そこに怒りはなかった。
あるのは──虚無。
リリアナ(かすれ声)
「……どうして……
自分の心の中で……全部を失わなきゃいけないの……?」
胸に手を当て、
引き裂かれるような痛みに顔を歪める。
リリアナ
「……ハルト……立てない……
息が……できない……」
ハルトは彼女に歩み寄った。
カオリは複雑な表情を浮かべ、
アウレリアは細めた目で見つめ、
エミリスは胸を押さえていた。
ハルトは彼女の前にしゃがみ込む。
ハルト
「初めて“本当の感情”を味わっているからだ。」
「帝国が押しつけた偽りではなく。」
リリアナは瞬きをし、
ぽとりと涙が落ちる。
生涯で初めて流した──涙。
リリアナ
「じゃあ……
これが……
“痛み”…なの……?」
ハルトは静かに頷いた。
ハルト
「痛みだ。」
「そして……自由でもある。」
リリアナは震え、嗚咽を漏らした。
リリアナ
「……怖い……
私……誰なのかもわからない……」
その言葉は部屋全体に響き、
誰もが沈黙した。
あのモモチですら、喉がつまったように表情を曇らせた。
ハルトは手を差し伸べる。
ハルト
「大丈夫だ。」
「もう一人じゃない。」
リリアナは、
永遠の日蝕が晴れたあとの光を見るような目で彼を見つめた。
リリアナ
「ハルト……これから……私は……どうすれば……?」
ハルトは両手でそっと彼女の頬を包む。
ハルト
「俺が再構築する。」
「お前を壊した重荷を取り除く。」
「そして……お前の道を、お前自身が選べばいい。」
「俺と共に。」
リリアナの心臓が跳ねた。
恐怖ではなく──安堵で。
◆ 黄金の“優しい再制御”
ハルトは再び指先を彼女の額に当てた。
だが先ほどのような強制ではない。
暖かい鼓動。
柔らかな光。
深く、静かな魔力。
壊すためではなく……
癒やすための術。
ハルト(小声)
「――優しき再制御。
“意思の解放”。」
黄金の光が、抱きしめるようにリリアナを包んだ。
閉じた瞳の奥に、
これまで見られなかった記憶が流れ込む。
愛のない幼少期。
残酷な訓練。
皇帝の命令。
蔑みの視線。
失敗への恐怖。
果てしない孤独。
そして──
ハルトの姿。
初めて名を呼ばれた瞬間。
初めて拒絶されなかった瞬間。
黄金の鼓動が響くたび、
心の鎖が一つずつ砕けた。
チリン
チリン
チリン……
リリアナは長く息を吐き、
肩から力が抜けていった。
ハルトはゆっくり手を離す。
ハルト
「これで……お前は自由だ。」
リリアナは目を開ける。
そこにあるのは混乱でも狂気でもなく──
静かな安らぎ。
生まれて初めて感じた平穏。
リリアナ(ささやき)
「……私……
“生きて”る……」
ハルト
「ああ。」
気づけば彼女は、
そっとハルトの胸に額を預けていた。
リリアナ
「ありがとう……
……私の王。」
その言葉に、
カオリ・アウレリア・マグノリアの眉がぴくりと動く。
カオリ(小声)
「……今、何て言った?」
モモチは肩を震わせて笑い、
エミリスは真っ赤になり、
エリーズはため息。
だがリリアナは続けた。
リリアナ
「ハルト・アイザワ。」
「私はあなたのもの。」
「あなたの剣。」
「あなたの影。」
「あなたの同盟者。」
「望むなら──あなたの忠実な従者にもなる。」
ハルトは彼女の銀髪に手を置く。
ハルト
「望むのは一つ。」
「俺に忠誠を誓い、共に戦うこと。」
「奴隷じゃなく、仲間として。」
リリアナの胸に、熱が灯る。
リリアナ
「……なら……
あなたに忠誠を捧げる。」
彼女は正式にひざまずいた。
リリアナ
「今日この日より──
紅刃のリリアナ・ヴァエルはあなたの剣。」
「この命も、力も、意志も──
すべて、あなたに捧げます。」
リリアナは静かに立ち上がった。
その瞳には、深紅に黄金が混じったような光が宿っていた。
再制御は完全に終わっていた。
だが彼女は“操り人形”ではない。
リリアナ・ヴァエルとしての誇りは癒え、
痛みは解き放たれ、
忠誠は──彼女自身の意志で捧げられた。
ハルトが口を開く。
ハルト
「リリアナ。」
「レヴィウム帝国のすべてを見せろ。」
彼女は鋭い決意を宿したまま頷く。
リリアナ
「はい、ハルト。」
「帝国の秘密も……裏切りも……
隠された計画も……すべて話す。」
その表情は鋼のように引き締まった。
リリアナ
「そして──一緒に……
皇帝を終わらせましょう。」
ハルトはわずかに微笑む。
ハルト
「それが……聞きたかった。」
こうして、
暁の新たな同盟者が誕生した。




