禁じられた投げ
召喚から七日が経った。
屈辱と暴力と嘲笑の七日間だった。
他の“勇者”たちは、太陽の下で魔法を放ち、剣を振り、王国の教官たちから賞賛を浴びていた。
ハルトは──加護を持たぬ者は──練習用の人形として扱われていた。
「さあ、アイザワ!」
カイトが木剣で彼を打ち据えながら叫ぶ。
「防いでみろよ、できるもんなら!」
ハルトは地面に倒れ、血を吐いた。
誰も訓練を止めようとはしなかった。
レイナは木陰から黙って見つめていた。
アヤカは笑いながら魔法の球体で録画していた。
サトルは祈るふりをして、「これは適応のプロセスの一部だ」と呟いていた。
夜になると、ハルトは厩舎で一人きり。
ベッドも、温かい食事も与えられなかった。
それでも、彼は小さく繰り返していた。
「──何も持たぬことは、すべてを持つ始まりだ。」
あの夜、祭壇の前で聞いた言葉が、頭の奥にこだましていた。
八日目、王国の騎士たちが勇者たちを招集した。
ナールの森付近で、沼の魔獣がキャラバンを襲っているという。
力を示す機会を待っていたカイトは、自ら志願した。
王もそれを認めた。
ハルトは──ただ人数合わせのために同行を命じられた。
レイナが微笑む。
「囮くらいにはなるでしょ。」
誰も笑わなかったが、誰も否定もしなかった。
一行は夜明けとともに出発した。
森は湿っていて、霧に包まれていた。
空気は鉄と腐敗の匂いが混じっていた。
サトルは光の障壁を張り、
レイナは青い炎の魔法を放ち、
アヤカは仲間の動きを強化する歌を歌った。
ハルトは、皆の後ろから見守っていた。
武器も、役割も、何もなかった。
ただ、胸の奥に黒い予感があった──
今日が、すべてを変える日になるという予感が。
攻撃は、突然だった。
黒い皮膚と骨の爪を持つ魔獣、フェラリスたちが木々の間から現れた。
四体、六体、そして十体──
勇者たちは勇敢に戦った。
カイトは切り裂き、レイナは炎を放ち、アヤカは歌った。
だが、敵の数は尽きることがなかった。
ハルトは叫んだ。
「左の側面から、さらに来る!」
だが、カイトは無視した。
魔獣の一体が彼に飛びかかったとき、ハルトは身を投げ出して彼を突き飛ばし、自らが爪を受けた。
肩が裂け、血が吹き出した。
叫び。
痛み。
視界が赤く染まる。
レイナは冷たい目で彼を見た。
「邪魔しないで。足手まとい。」
サトルは手を差し伸べたかと思うと、光をともなわせ、そして彼を地面に突き飛ばした。
「癒せないよ。女神は“空白”には祝福を与えない。」
アヤカは転移石を握りしめ、叫んだ。
「撤退よ!数が多すぎる!」
一人、また一人と、転移の光が銀色の波となって消えていく。
そして──
全員が消えた。
ハルトだけが、そこに残された。
魔獣たちが彼を取り囲んでいた。
地面には馬や兵士の死体が散らばり、
フェラリスの吐く天然の塩素臭が空気を焦がしていた。
彼は逃げようとした。
だが、背後から爪が襲い、膝をついた。
「これで終わりか…また、運がなかったってことか?」
一撃、また一撃。
意識が薄れていく。
だが──
額が泥に触れたその瞬間、彼の手の下に金の光が走った。
あの祭壇の紋章。
あの“エラー”。
《接続エラー──再構成中…》
ユーザーの運命:完全な絶望
アクセス許可:Heaven’s Lottery──強制召喚
大地が震えた。
彼の身体の下から、光の円陣が現れた。
ハルトは叫んだ。
痛みではなく、怒りの声だった。
「この世界が運でしか動かないなら──俺の運で、すべてを焼き尽くせ!」
円陣から放たれたのは、炎と塩素の嵐。
空気は緑に染まり、猛毒と熱が渦巻いた。
木々がしなり、魔獣たちは悲鳴を上げ、溶け落ちていった。
そして、その光の中から──彼女が現れた。
焼けた大地に裸足で立つ女性の姿。
腰まで届く黄金の髪が、溶けた金属のように輝いていた。
その目は深い蒼で、爬虫類のような縦長の瞳孔が、古の力を映していた。
後ろへと曲がる細い角、そして腕と首に走る金の鱗は、生きた刺青のようだった。
白い戦装束に金の装甲が胸と腰を守り、
戦場と神域を歩む者のような気品と威圧を放っていた。
長く優雅な尻尾が揺れ、呼吸のたびに黄金の蒸気が溢れていた。
その声は穏やかだった。だが、魂に響く強さがあった。
「呼んでくれましたか、ご主人様?」
ハルトは立っているのがやっとだった。
「お前は…誰だ?」
彼女は微笑んだ。
「私はオーレリア。永遠の幸運を司る竜女です。
あなたの血と絶望と意思により、契約は成立しました。」
その時、一体の魔獣が彼女の背後で唸った。
オーレリアは顔を向け、エメラルドの光をその瞳に灯した。
深く息を吸う。
「──審判の金息。」
緑のガスと液体の炎が広がり、戦場を包んだ。
フェラリスたちは塵と化し、数秒で消滅した。
そして、静寂が戻った。
この章は、黄金の竜・オーレリアの誕生、
そして “禁じられたガチャ” の召喚者としてのハルトの覚醒を描いています。
痛み、裏切り、そして絶望──
それらすべてが、彼の力へと変わる。
復讐の物語は、今、始まったばかり。
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